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タグ「慰霊の日」の検索結果は以下のとおりです。

戦没者24万人を追悼 参列者5100人が平和の祈り

焼香を行う参列者=23日午後、糸満市摩文仁の平和祈念公園焼香を行う参列者=23日午後、糸満市摩文仁の平和祈念公園
戦後74年目の慰霊の日 玉城知事、辺野古移設の政府批判
 【糸満】戦後74年を迎えた「慰霊の日」の23日、県内各地で追悼式が行われ、沖縄は鎮魂の祈りに包まれた。沖縄戦の激戦地となった糸満市摩文仁にある平和祈念公園では24万人余の戦没者を追悼する「沖縄全戦没者追悼式」(県、県議会主催)が行われ、参列者5100人(主催者発表)が正午の時報に合わせて黙とうをささげ、恒久平和を願った。午前中から大雨が降る中、本島各地の慰霊の塔でも追悼行事などが行われ、鎮魂と...
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各地で平和学習 慰霊の日前に当時の様子学ぶ

「暁之塔」を磨き戦没者の御霊を慰める川原小学校の児童ら=21日午前、石垣市たい肥センター北「暁之塔」を磨き戦没者の御霊を慰める川原小学校の児童ら=21日午前、石垣市たい肥センター北
不戦の誓い立てる 川原小児童、「暁之塔」を清掃
 23日の慰霊の日を前に、川原小学校(仲皿涼子校長、児童23人)は21日午前、第二十八師団第三野戦病院跡地に建てられた「暁之塔」で慰霊集会を行った。児童21人が塔や周辺を掃除し、折り鶴や歌をささげて戦争犠牲者の御霊を慰め、不戦の誓いを立てた。  暁之塔は1975年、同病院の生存者など有志が、現在の石垣市たい肥センター北に建立。将兵や准看護婦など戦没者11人の名が記されており、川原小は慰霊の日...
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きょう慰霊の日 戦後73年

「慰霊の日」を前に水を掛けて暁之塔を磨く川原小学校の児童ら=22日午前、暁之塔「慰霊の日」を前に水を掛けて暁之塔を磨く川原小学校の児童ら=22日午前、暁之塔
郡内各地で追悼式
 沖縄は23日、戦後73年目の「慰霊の日」を迎え、八重山郡内各地でも追悼行事が行われる。  石垣市では午後3時からバンナ公園内のマラリア犠牲者慰霊之碑で八重山戦争マラリア犠牲者追悼式、午後4時から、八重守之塔で石垣市全戦没者追悼式並びに平和祈念式が行われる。  午前11時55分からは新栄公園内の世界平和の鐘鐘楼で世界平和の鐘の会沖縄県支部主催の鐘打式がある。  竹富町では午前10時か...
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慰霊と平和の希求の日に

戦争の落とした一つの影
 ■年寄りを見かけないニシムラ  先週平和の礎を訪れた。同行した1人が波照間島のコーナーの一角で「ウチは戦闘で命を落としたもの1人、マラリアで死んだものが7人いる」と話し、刻印された8人の氏名の前で長い間手を合わせていたのが印象的だった。  戦争マラリアは数多の悲劇を生んだが、西表島南風見田への強制疎開がひき起こした波照間島民のマラリア禍もひどかった。竹富町史戦争体験記録に依ると戦時中か...
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【慰霊の日企画】元学徒の証言㊦ 元八重山中学徒・山田善照さん(90)=真栄里=

「いくさは絶対にあってはならない」と語る山田善照さん=13日、真栄里の自宅「いくさは絶対にあってはならない」と語る山田善照さん=13日、真栄里の自宅
にぎりめしが命の綱
「偉い人は第一線にいかない」
 ■「トンツー」  県立八重山中学校に通っていた1945年3月末、鉄血勤皇隊通信隊に入隊した。当時16歳。  兵舎は登野城国民学校にあったが、八重山旅団司令部東の墓の近くでモールス符号の練習を開始した。ただ、空襲の度に墓に逃げ込んでいたため、成績は上がらなかったという。  八重山諸島は前年の44年10月12、13日、初めて空襲を受け、45年になると、飛行場周辺を中心とした空襲が頻繁に...
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【慰霊の日企画】元学徒の証言㊥ 元一中学徒・宮城政三郎さん(89)

自宅の焼け跡で唯一見つかったノート自宅の焼け跡で唯一見つかったノート
「軍国主義教育に洗脳」
学友の死に泣き叫ぶ家族
 ■地獄絵図  台湾では高雄州立高雄第一中学校(現高雄市立高雄高級中学)に転入。普段通りの授業が行われていたが、1945年1月、軍港のあった高雄は米海軍の大空襲に遭い、停泊中の艦船が壊滅的打撃を受ける。  学校から帰ると、自宅は跡形もなく吹き飛び、道路では水牛があおむけに。家族は山に避難して戦禍を免れていた。  焼け跡から唯一出てきた数学のノートの余白には「空に散れ」などの言葉や軍歌...
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【慰霊の日企画】元学徒の証言㊤ 元一中学徒・宮城政三郎さん(89)

旧制沖縄県立第一中学校時代の宮城政三郎さん。当時2年生だった(後列右)旧制沖縄県立第一中学校時代の宮城政三郎さん。当時2年生だった(後列右)
「父母のいる台湾で死にたい」
塹壕掘りなどに従事
 石垣島でカツオ漁船の船長をしていた父・政三さん=大宜味村出身=が1931年ごろ、新たな漁場を求めて台湾の高雄に渡った。これに合わせ、当時3歳だった三男の宮城政三郎さんは、母・信子さん(旧姓・真謝)と兄妹3人とともに、母の故郷である与那国島に移住した。小学校6年生になると、政三さんの勧めもあって那覇市にある旧制沖縄県立第一中学校を受験、与那国から唯一現役で合格した。  ■開 戦  「よし...
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戦跡巡り実相知る 後世に伝える痕跡 保護を

海岸南飛行場の格納庫。小型飛行機を格納するために建設された。所々に鉄筋コンクリートがむき出しになっている=16日午前、旧石垣空港北方海岸南飛行場の格納庫。小型飛行機を格納するために建設された。所々に鉄筋コンクリートがむき出しになっている=16日午前、旧石垣空港北方
戦後73年 「慰霊の日」前に16人参加
 23日の「慰霊の日」を前に戦跡を通して平和の大切さを学んでもらおうと石垣市教育委員会は16日、2018年度戦跡めぐりを行った。16人が参加、島の西側に残る戦跡を回り、「八重山の戦争」の実相の一端に触れた。戦後73年。経年劣化で消滅の危機に直面している戦跡もあり、後世に戦争を伝える痕跡として保護の必要性を確認した。  講師を務めた市文化財審議委員の松島昭司氏によると、多数あった戦跡は戦後、耕...
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「慰霊の日」郡内各地で追悼式

祭壇に向かって焼香する参列者たち=23日午後、八重守之塔祭壇に向かって焼香する参列者たち=23日午後、八重守之塔
戦没者の冥福祈る
戦争の教訓、風化させない対策を
 20万人余が犠牲となった沖縄戦の終結から72年目を迎えた「慰霊の日」の23日、県内各地は鎮魂の祈りに包まれた。八重山でも3市町で慰霊祭が行われ、戦没者の冥福を祈るとともに恒久平和を願った。年々、戦争体験者が減る中、遺族からは「戦争の教訓を風化させない対策を」との声が上がった。  石垣市では市主催の全戦没者追悼式・平和祈念式が八重守之塔で行われ、遺族のほか各小中高校、各団体の代表らが参列した...
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恒久平和へ鎮魂の祈り 各地で戦没者を追悼

石垣市主催の全戦没者追悼式・平和祈念式の参列者。式後、焼香を行い、戦没者の冥福を祈る=23日夕、八重守乃塔石垣市主催の全戦没者追悼式・平和祈念式の参列者。式後、焼香を行い、戦没者の冥福を祈る=23日夕、八重守乃塔
駆り継ぐ 不戦を誓う平和宣言 戦後71年目の「慰霊の日」
 「慰霊の日」の23日、県内各地では追悼の行事があり、参列した人たちが先の大戦で犠牲となったすべての戦没者の冥福を祈り、恒久平和を願った。正午の吹鳴を合図に郡内も鎮魂の祈りに包まれた。戦後71年。年々少なくなる戦争体験者は「語り継がなければ」との思いを強くし、戦後生まれの人たちは「受け継いでいく」と誓った。このうち石垣市主催の全戦没者追悼式・平和祈念式は午後4時からバンナ公園入り口の八重守之塔で...
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