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大島船長が勇退へ 荒波越え 島に物資届け18年

30日石垣港発の石垣―与那国往復で勇退する大島船長=25日午後、石垣港に停泊するフェリーよなくにの操舵室内

30日石垣港発の石垣―与那国往復で勇退する大島船長=25日午後、石垣港に停泊するフェリーよなくにの操舵室内

フェリーよなくに

 合資会社福山海運に入社して以降、18年間にわたり「フェリーよなくに」の船長を務めた大島正源さん(60)=真栄里=が、30日の石垣―与那国往復で勇退する。旅客と共に荒波の日も生活物資、工事の資機材などを故郷の与那国島に届けてきた。

 与那国町祖納出身で沖縄水産高校を卒業。他社の貨物船船員を経て、1998年同社に入社。3年後に1等航海士の資格を取り、2003年から船長を任された。

 船長の仕事は主に、操船と狭水路を通る際の指示出し。11月~3月の期間は、季節風の影響と大陸からの高気圧張り出しで海上がしける。欠航予定だとしても、出港当日の朝まで様子を見て最終決定している。

 しけが続く冬場は緊張の連続。1週間余り生活物資が届けられないケースも。果敢に出港するも、鳩間島周辺で引き返したことが一度あった。「週2便しかないので、できるだけ島に物資を届けたかった」との責任感で仕事と向き合った。

 この数年で忙しかったのは、陸上自衛隊与那国駐屯地建設と製糖工場建設が同時進行した時と、天皇皇后両陛下が来島した19年。警察、機動隊車両などを乗せてチャーター運航で運んだ。

 今では専用車両ごと乗せるが、月1回開かれる市内でのセリに、牛60頭を1頭ずつ貨物室につないだことも思い出。

 このたび、後進が育っていることで勇退を決意した。後輩には「慣れたころに事故が起こる。報告があっても自分で確かめる気持ちが必要」とアドバイス。「気を張った状態だったのでほっとする。家族とは台風時も一緒にいられなかったので、安心させたい」と話した。

 30日午前10時、石垣発からの往復で最後の航海を迎える。

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