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市民会館の開館(昭和61年)までは登野城…

 市民会館の開館(昭和61年)までは登野城小学校の旧体育館が島の芸能発表会の晴れ舞台。昭和50年に始まった本紙主催の八重山古典民謡コンクール発表会は盛大だった▼小生も第8回から事業運営に関わった。昭和60年の第10回は石垣島初の高層・南西グランドホテルの大ホールで合格者発表会を行った。プログラムを作り賛助出演のお願いで舞踊研究所を回った▼その時初めてお会いしたのが故本盛秀師匠。舞踊界のためにコンクールで地謡の養成に力を入れてほしいと声を掛けられた▼かねがね受験生の皆さんから、将来の目標は舞台での独唱、地謡ということを耳にしていたので渡りに船と審査、運営委員諸氏に談判、舞踊の地謡を今回から合格者の皆さんで試してみたいと申し出了承された▼記念公演なので舞踊研究所も特別な思いで臨んできた。月夜浜節(当時は新人賞の課題曲)を選んだ本盛研究所に合格者を引き連れてけいこに出向いたら血相を変えた本盛師匠が小生を隅へ呼んで詰め寄った▼「踊りをなんと思っているか、いくらなんでも素人地謡を…本気か」。「地謡養成は皆さんの要望、いまさら変更できません」。苦虫顔で不承不承のけいこ。さて当日、舞台袖で見ていた師匠「きょうは踊りの負け。新人賞の地謡は素晴らしかった」。合掌。(仲間清隆)

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