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16年前の那覇支局時代の2004年11月

 16年前の那覇支局時代の2004年11月14日、名護市で行われたツールドおきなわチャンピオンレースに出場した新城幸也選手を取材した。名前は知っていたが、ちゃんと話を聞くのは初めてだった▼レースを終えた後、インタビューを行い、05年1月1日の新年号で特集した。当時、新城選手は20歳。ゴール直前の歯を食いしばる必死の形相とは対照的に、インタビューに答える笑顔にはあどけなさが残っていた。それが強く印象に残っている▼新城選手は八重山高校を卒業後、日本自転車界第一人者の福島晋一さん(当時33)に誘われ、渡仏した▼福島さんは、大学時代から世話になっていたという新城選手の父・貞美さんを訪ねた際、地元の自転車愛好家と練習した。八重高3年生の新城選手も参加した▼「誰もついて来られないだろう」。福島さんはそのとき、ペースを上げてみた。ところが、後方を振り返ると、少し遅れながらも必死に追いかけてくる人がいる。差を縮めてくる。それが新城選手だった。「この子は強くなる」。そう確信し、貞美さんに「僕に預けてくれませんか」と掛け合ったのだ▼その後の活躍は言わずもがな。新城選手は2大会連続で五輪に出場し、来年の東京五輪代表に選ばれた。36歳。まだ夢の途中。情熱は衰えない。(比嘉盛友)

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