八重山諸島のニュース・石垣島・竹富島・西表島・新城島・小浜島・鳩間島・黒島・波照間島・与那国島

エントリー

残そう戦中、戦後の歌 八重山音楽協会シンポ

戦後、八重山で生まれた歌の背景や当時の様子について語り合う三木健氏と宮里テツ、仲嶺栄祐、高宮節子さん(左から)=25日午後、大濱信泉記念館

戦後、八重山で生まれた歌の背景や当時の様子について語り合う三木健氏と宮里テツ、仲嶺栄祐、高宮節子さん(左から)=25日午後、大濱信泉記念館

高齢化で消滅の恐れも
「ふるさと生まれの歌を語る」

 八重山音楽協会(浦添幸子会長)の戦後70年記念シンポジウム「ふるさと生まれの歌を語る!」が25日午後、大濱信泉記念館で開かれ、同協会顧問の三木健氏が戦後のふるさとの歌を発掘する意義について基調報告を行い、「当時の歌を残すのは今が最後のチャンス」と訴えた。戦中戦後の体験を歌との関連で語り合うパネル討論では、仲嶺栄祐さん(91)と宮里テツさん(84)、高宮節子さん(77)が意見を述べた。

 6月に開く「戦後70周年記念コンサート“よみがえれ!ふるさとの歌”」の一環で実施したシンポ。

 三木氏は、戦後の苦難の時代を物語る歌は、歌える人が高齢化し、作詞作曲を手がけた人たちもほとんどが亡くなっていることを挙げ、「歌詞はあるが譜面がなく、メロディーが分からない歌もある。ちゃんと残していかなければ、消滅していく恐れがある」と指摘した。

 パネル討論では、戦後に生まれた歌のなかには、台湾などから引き揚げた人たちが作詞作曲した作品が多いことについて、台湾引き揚げ者の仲嶺さんは「(戦後の)台湾は日本人が自分の思いを発散できる環境になかった。島に帰ってこられた解放感で、あふれる思いを作詞作曲で表現したのかもしれない」と話した。

※本コメント機能はFacebook Ireland Limitedによって提供されており、この機能によって生じた損害に対して株式会社八重山毎日新聞は一切の責任を負いません。

関連するニュース

  • 関連するニュースはありません。

ページ移動

キーワード検索フォーム