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成功事例に学ぶまちづくり

自衛隊に依存せず大胆に独自の離島振興策

■迷惑料取り下げ3選へ布石  外間守吉町長が自衛隊配備の迷惑料として10億円を要求、防衛省側に一歩も引かないと強硬姿勢をみせていたときは、もともと本土復帰闘争世代の革新出身だけに「保守になりきれない町長かな」と見ていたら、それがそうでなく、その後の対応を見るとどうやら3期目に固執した布石だったようだ。  それは表向き3選出馬には辞退の意向を示しつつも、迷惑料要求に反発した防衛省をはじめ支持母体の与那国防衛協会(金城信浩会長)が、独自候補を擁立する方針を示した途端その要求をあっさり取り下げ、町有地の賃貸料を引き上げただけで事実上ほぼ全面降伏。その結果防衛協会が支持したことでそのことが示された形となった。  外間氏は78年の町議選に革新の社会党新人で立候補、28歳の若さで2位当選して政治家デビューした。その後無所属を経て保守に転じ2005年8月盟友の尾辻吉兼町長の急逝を受けて自民、公明の推薦で対立候補を62票差で破り、第17代町長に初当選した。 ■2期目を考えない強い町長?  その際、外間氏は「この4年間で自立に向けて何ができるか。2期目のことなど一切考えない強い町長として諸施策を実施したい」。さらに「民間の手法を取り入れた行財政改革を断行し、与那国自立ビジョン実現に向けて国の国境政策を引き出したい」と職員の給与削減などにも言及し、日本最西端の町振興に大きな期待を集めた。  ところがその意気込みとは裏腹に十分な成果を出すことはできず、町の活力を示す人口は就任当時の1800人台が4年後は1500人台にまで約300人も減少した。そこで2期目を考えない強い町長として期待された外間氏が、2期目の選挙戦に向けて打ち出したのが自衛隊誘致だ。  外間氏は自衛隊誘致で島の活性化を図るというのがその理由だったが、そこには再選のために07年に立ち上げた与那国防衛協会の意向を無視できないという打算があったのだろう。それだけに誘致の姿勢は打ち出したものの、判断はあくまで町民にゆだねるというそれほど強いものではなかった。  結果は自衛隊反対の元町職員を103票差で破り再選された。 ■全国から注目の海士町  来月6日告示、11日投開票まで1カ月を切った今回の選挙は、自衛隊配備をめぐる事実上の最終決戦となる。3選を目指す外間氏は自衛隊に島の未来をゆだねるが、果たしてそれで良しとするのか。町長や町民は与那国と同じ過疎と高齢化、財政悪化と苦闘しながらも、自衛隊に依存することなく町職員、地元住民、U・Iターン組が手を携え、地域資源を生かした離島振興の成功事例に学ぶ必要もあるだろう。  島根県隠岐諸島の海士町(あまちょう)は、かつて約7000人もいた人口が約2300人にまで落ち込んだ公共事業依存の半農半漁の与那国と似た一島一町の離島。そこが「超過疎・超少子高齢化・超財政悪化」の島として存続の危機に陥った。  そこで町長はじめ職員や議員らが給与を半減するなど、行政と地域住民が一丸となって大胆な行財政改革と島の資源を生かした産業振興、さらにU・Iターンなどの定住対策に取り組んだ結果、新商品・新産業・新規雇用が創出され、5年半で若者を中心に230人が新規定住した、全国から注目される元気な島に生まれ変わったという。  外間町政もそういう取り組み、努力は十分だったのか当然検証されるべきだし、海士町のような成功事例に積極的に学ぶべきだろう。

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