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黒石川窯跡が市指定文化財 窯跡の指定は初

近世八重山の窯業生産担う
 近世八重山の焼き物生産を担った窯の一つ、石城山東南にある黒石川(ふーしなー)窯跡=石垣市大川1500の1=が、3日付で石垣市の文化財に指定された。窯跡の指定は初めて。市教育委員会(玉津博克教育長)は「八重山における築窯の様子や変遷を知る上で貴重な史跡」としている。13日、土地の所有者である宮良善久さん(52)=新川=に指定書を交付した。  市教委によると、同窯跡は1730年に造られ、大正末期ごろまで使用された。八重山の窯業は1695年、八重山蔵元の瓦ぶき替えに際し、来島した瓦細工・瀬名波仁屋によって名蔵瓦窯が造られたのが始まり。1724年には、琉球王府の命を受けた仲村渠致元(1696~1754)が来島して山田平等窯が造られ、陶器の生産が始まった。  仲村渠は4年間滞在、八重山の人たちにつぼ細工の陶法を伝授。仲村渠が帰国して2年後の1730年、窯は水やまきなどを確保しやすい黒石川に移された。黒石川では瓦も焼くことができたため、名蔵瓦窯は廃止された。  同窯跡は5875平方メートル。単室登窯で出土品は瓦が最も多い。名蔵瓦窯跡の出土品と比べると、平窯から登窯に変わったことで色彩が灰色から赤色となり、軒瓦の紋様も八重山独自のものへと変わっていることが確認できるという。  1981年、県営宮良川土地改良事業に伴い大量の瓦片や陶器片が同地で発見され、市教委が88年から91年まで発掘調査を実施報告書をまとめている。11年11月、文化財指定について市文化財審議会(前津栄信委員長)に諮問、12年7月23日に答申を受け、7月27日の市教委定例会で承認された。
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