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支援をどう継続するか 東日本大震災1年、もがく被災地

■八重山でも鎮魂の祈り  1万9000人を超える死者・行方不明者を出し、東京電力福島第1原発事故を引き起こした戦後最悪の災害となった東日本大震災から1年を迎えた11日、日本列島は深い悲しみと鎮魂の祈りに包まれた。八重山でも石垣市や世界平和の鐘の会沖縄県支部、やえやま東北人の会などが主催する追悼鐘打式が新栄公園で行われ、およそ400人の市民が参列。被災者の冥福と1日も早い復旧・復興を祈り、南の島からエールを送った。そして大震災の教訓をこれからの防災に生かしたいと決意を新たにした。  この日は地震発生時刻の午後2時46分に合わせてサイレンが鳴り、平和の鐘が打ち鳴らされて全員で黙とうをささげた。さらに石垣・岩手かけはし交流協会(高木健会長)が、会員らの寄付金などで用意した犠牲者を追悼する白い風船と復興を願うカラー風船計600個がそれぞれ大空に放たれた。  八重山凧愛好会(添石邦男会長)は日本の凧の会本部などの全国規模の企画に呼応。犠牲者の追悼と被災地の1日も早い復興に願いを込めて白の八角やピギダー、それに「絆」の文字を書き込んだ連だこなどを揚げた。  追悼鐘打式で仙台の親友の手紙を読んだ東北人の会の水上綾子会長は本紙インタビューに答え、大震災から1年を迎え、「まだ被災地は何も解決していないのに、震災が過去のものにされ、忘れ去られてゆくのが一番つらい」と引き続きの支援の必要性を語った。 ■進まない復旧・復興  確かにマグニチュード9.0の大地震で発生した巨大な津波が人も街もすべて飲み込んだあの日から1年がたったが、今なお約34万4000人の被災者が仮設住宅などで不自由な避難生活を余儀なくされている。さらに原発事故の福島は放射能の恐怖や風評被害とともに、引き取り手のないがれきがあちこちでうずたかく積まれ、東日本の被災者と被災地は1年たってもなかなか進まない復旧・復興の苦闘の真っただ中でもがき苦しんでいる。それだけに八重山も引き続きの支援が必要だ。  現在被災者・避難者支援ネットワーク石垣島「ちむぐくる」(浦内克雄会長)はじめ石垣・岩手かけはし交流協会、WWFしらほサンゴ村、ちばりよー東北の会、八重盛48の会、やえやま東北人の会、八重山ハザードマップ研究会などの民間団体や個人がそれぞれボランティアで支援活動を継続しているが、1年もたつとどうしても停滞感に陥りがち。支援をどう継続していくかがこれからの大きな課題だ。 ■高橋洋介顕彰碑建立へ  復旧・復興までには相当の期間を要する。被災地の最大の希望は、直接被災地を訪れ、買い物などをしてくれることといわれるが、そういう努力の一方で、それが困難な者はそれぞれができる範囲でできる支援をこれからも根気強く続けることだ。  石垣・岩手かけはし交流協会は、岩手との交流の中で今後も支援を継続していく考えだ。そのためにも石垣との交流に力を尽くし、昨年8月に69歳で急逝した元岩手県副知事で岩手・沖縄かけはし交流協会長の高橋洋介氏の顕彰碑を、市民らの浄財で来年1月の石垣島マラソンまでに建立する計画。  高橋氏は自らが農政部長当時に手掛けた種もみ増殖事業の恩返しとしてコメや畜産の支援だけでなく、20年近くも毎年1~2機のチャーター便で訪れ八重山の観光発展に尽くした功績も大きい。顕彰碑で相互の「絆」を深め、末長い支援と交流につなげる考えだ。

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