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強制疎開の犠牲者を追悼 忘勿石之碑で慰霊祭

戦争マラリアの悲劇継承へ
 【西表】太平洋戦争末期の1945(昭和20)年に波照間島から西表島の南風見田に「強制疎開」させられて亡くなった犠牲者を追悼する第19回忘勿(わするな)石之碑慰霊祭(忘勿石之碑保存会主催)が「終戦記念日」の8月15日、南風見田にある忘勿石之碑で行われた。1992年の建立以来、毎年続けられている同慰霊祭は参列者が減る傾向にあり、今年は8人。戦後65年を迎え、遺族の高齢化が進むなか、遺族や地元の人たちは少ない人数ながらも犠牲者の霊を慰めた。  夏らしい日差しの下で行われた慰霊祭では、献花や黙とうに続いて、平田一雄会長が「忘勿石は、世界平和の基(もとい)とも言われている。戦争マラリアについて永遠に伝えることができるようにしたい」とあいさつした。  参列者の1人で、南風見田で伯父を亡くした北集落出身の平田登美さん(75)は、忘勿石之碑が立つ岩場を見ながら、「ここは当時、砂で覆われていて、青空教室になっていました。先生が砂の文字を書きながら勉強を教えてくれたことを思い出します。先生は『(マラリアを媒介する)ハマダラカの名前を忘れないように』などと指導していました」と振り返った。  登美さんは終戦当時、国民学校4年生。終戦から65年を経ての慰霊祭に「戦争マラリアの体験者がいなくなっている。せめて私たちの記憶がはっきりしているうちに、子や孫に伝えたいと思います」と話していた。  名石集落出身の仲底善光さん(74)は「戦争は絶対にやってはいけない。日本は小さい国、世界各国と戦うなんて考えられない」と話した。
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