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手狭な市立八重山博物館

収蔵資料1万3000点に
開館35年、設収蔵庫も追いつかず
 今年で開館35周年を迎える石垣市立八重山博物館は、個人や団体から寄贈・寄託を受けた昔の生活用具や古文書など貴重な資料が1万3000点余りに達している。しかし、地下収蔵庫が手狭となり、プレハブや民間の倉庫を借り受けるなどして、膨大な資料の保管を余儀なくされている。寄贈・寄託品を一般に公開する目的で開いている収蔵品展でも、展示スペースが狭いため、展示品がおのずと限られるなど、博物館としての十分な機能が果たされていない。これらの課題解決のため、凍結状態にある「新八重山総合博物館基本計画」を再度検討する必要がありそうだ。(南風原英和記者)  市立八重山博物館は1972(昭和47)年10月、本土復帰記念事業として、旧市役所庁舎跡に建設された。  名称を「八重山」としたのは、郡内全域にある貴重な文化財資料を収集・保存するためだった。  当時、相次ぐ台風被害で古い木造家屋が取り壊され、鉄筋コンクリート建て住宅に次々と建て替えられた。  その際、古い民家の柱や梁、家で大事に保管してきた絵画や掛け軸、陶磁器、農機具、染織品、古文書などの寄贈・寄託を博物館に申し出る人々が多かった。その意味で貴重な資料の散逸防止に博物館の果たした役割は大きかった。  2007年3月末現在、個人・団体から寄せられた収蔵資料は1万30898点に上っている。地下収蔵庫は無数の壷や陶磁器などで埋まり、足の踏み場がない。  このため同館では、1988(昭和63)年と1992(平成4)年に同館敷地内に仮設収蔵庫2カ所を建設、市民から寄贈・寄託される資料をここで保管しているが、それでも足りないため、1996(平成8)年には民間の倉庫を収蔵庫として借り上げるなどして、対応している。  仮設収蔵庫には、那覇市首里の日本民藝館沖縄分館にあった石垣市大川の旧家、真栄里首里大屋子の家屋を石垣市に無償譲渡するために解体された梁や柱などが保管されており、当時の復元検討委員会では新総合博物館の敷地内に移築すべきとしているが、建設計画のメドが立たないため、これも棚上げされた状態にある。  一方、年1回の割合で開催している収蔵品展は、「展示公開だけでなく、市民に貴重な資料の保存提供を促すのも狙いにしている」と同館の宮良芳和学芸係長。黒島為一館長は「古い家を建て替える時、貴重なものがごみミに出される恐れがある。博物館に連絡して学芸員に価値判断をさせてほしい」と話す。  収蔵庫には、常設展示室のスペースの関係から、まだ日の目をみない資料も数多くある。増え続ける資料をいつまでも仮設収蔵庫にしまい込んでおくのも望ましくない。  開館35周年を機に、新総合博物館の建設構想を具体化させることが求められよう。

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