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「火番盛」国の史跡に3市町で10カ所指定

申請から15年、全国でも特殊な事例
 琉球王府時代の1644年ごろに、中国への進貢船や異国船の到来など、海上交通の監視・通報機能として各地に配置された遠見番所群の「先島諸島火番盛」宮古・八重山2市2町1村にある18カ所が国の史跡に指定された。1992年の申請から15年の歳月を経ての国指定で、このうち八重山3市町では石垣市2カ所、竹富町7カ所、与那国町1カ所の10カ所。このように広範囲に分布し一連で1つの機能を持つ「火番盛」は全国でも特殊な事例。  指定されたのは石垣市の「平久保遠見台」と「川平火番盛」、竹富町の「クスクムイ(小城盛)」(竹富島)、黒島の「プズマリ」、「タカニク」(新城上地)、「中森(波照間ムリ)」(新城下地)、波照間島の「コート盛」、鳩間島の「中森」、小浜島の「大岳」、与那国町の「ダティグチディ」の10カ所。  「火番盛」が設けられたのは1644年、明・清の交代による国際的緊張や、琉球に進駐していた薩摩の要請などが設置の背景になっている。中国への進貢船や異国船が到来した際、各島の火番盛で島伝いにのろしを上げ、番所や蔵元を通じ王府へ知らせたという。  先島諸島は琉球列島の最西端に位置し、東シナ海の緊張に直面していることから、対外関係と鎖国体制の完成を示す遺跡として重要とし指定された。  県教委が国庫補助事業として83年度から実施した県歴史の道調査事業の中で先島諸島の火番盛が注目され、92年に石垣市が指定申請書を提出、93年には文化財保護審議会の答申も出たが、各地の土地の所有権移転や所有者の連絡先不明など、各市町村の足並みがそろわず指定作業には時間がかかった。  県内の史跡指定は「国頭方西海道」に次いで30件目。通信・交通機関の史跡としても同道に次いで2件目。竹富町内の史跡指定は「下田原城跡」に次いで2件目となる。  指定を受けて石垣市教育委員会の波平長吉教育長は「八重山の歴史を学ぶ場として保存整備を行い、もっと市民に理解を深めるため積極的に活用していきたい」と述べた。  7カ所の火番盛が指定された竹富町の大盛武町長は「誇りに思う。先人たちのたくましい足跡を後世に伝えるためにも、なお一層検証していきたい」と話していた。

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