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学校存続を模索する船浮小中

児童生徒が年々減少
住民に里親希望者も
 復帰後、竹富町では過疎化に伴い、小中学校の児童生徒数が減少し、廃校になったり、住民の取り組みで幾度も危機を乗り越えた学校がある。中でも、“陸の孤島”と称され、西表島で最もへき地にある町立船浮小学校は近年、児童数が10人を割り、1ケタで推移するなど、厳しい状況にある。22日には一人ぼっちの卒業式があったが、新学期からは在籍が24年前と同じ1人となる見込み。当面、学校存続はできるものの、住民の間では危機感から里親や山村留学で子どもを受け入れようという意識が高まっている。(南風原英和記者)  船浮小は中学校との併置校。対岸にある白浜集落から4キロ離れた船浮集落にあり、船が集落までの唯一の交通機関。学校は1924(大正13)年の創立で、小中合わせて36人の児童生徒でにぎわった時期もある。  ところが、復帰の72(昭和47)年を境にそれまで20人以上で推移していた児童生徒数が75(昭和50)年以降は9人に急減。83(昭和58)年には3人まで大幅減少した。  この危機を救ったのが船浮にある琉球真珠の西表養殖場だった。22年前、プレハブの社員住宅を急ごしらえ、沖縄本島から子どものいる5家族を雇用、在籍は一気に19人に増え、学校や集落に活気が戻った。  しかし、2ケタを維持した児童生徒数はそう長く続かない。98(平成10)年からは10人を割り、その後、減り続けている。  昨年は中学校が在籍ゼロになる可能性が高まり、休校の危機に直面したが、住民の1人で元教師の池田豊吉さんが石垣から生徒2人を里子として預かり、ピンチを切り抜けた。  学校側によると、向こう5年間、小中の在籍は1-2人となる見通し。宮良美代子校長は「職員の数より子どもの数が少ないのは寂しい。子どもは切磋琢磨(せっさたくま)して育つため、もっと増えてほしい」と話す。  昨年、船浮に住みたいという親子が島に来たが、住む場所がないため断念した例もあり、嘉目信行公民館長は「学校存続には一定の収入が得られる仕事と町営住宅の増設が不可欠」と話した。  22日の小学校の卒業式で、ただ1人の卒業生となった具志堅優君の母親・やよいさんは22年前、琉球真珠の西表養殖場で働くため両親と兄弟9人の家族で南風原町から移住した1人。  当時、やよいさんは中学2年。船浮で生まれた弟2人を合わせ、11人全員が同校を卒業したという。やよいさんは妹夫婦が親子で2度船浮に来たが、住む家や仕事がないため、出ていったことを語り、学校存続に行政が真剣に動いてくれることを求めた。  一方、父親から民宿を継ぐため、5年前、本土から引き揚げてきた井上吉晴さんは児童を増やすため、里親を積極的に希望している1人だ。井上さんは「廃校の次に来るのは廃村。石垣や沖縄本島で事情があって学校へ行けない子どもを山村留学という形で2、3人は受け入れたい」と話す。  かつて学校存続に貢献した琉球真珠(小渡信勝社長)は現在、網取に養殖場をつくる漁業権を県に申請しているが、「認可が下りれば従業員を増やせると思う。その際は町営住宅を建設するなど町の協力が欠かせない」(小渡社長)と協力的だ。  いつか再び、直面する休校や廃校問題。その解決には住民の一致協力と行政の強いサポートが求められよう。

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