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犠牲者追悼し恒久平和願う 尖閣列島戦時遭難死没者

尖閣列島戦時遭難死没者の冥福を祈る参列者ら=3日午後、尖閣列島戦時遭難死没者慰霊之碑

尖閣列島戦時遭難死没者の冥福を祈る参列者ら=3日午後、尖閣列島戦時遭難死没者慰霊之碑

規模縮小で慰霊祭開催

 尖閣列島戦時遭難死没者慰霊祭(尖閣列島戦時遭難者遺族会主催)が3日午後、石垣市新川舟蔵の慰霊之碑前で執り行われた。新型コロナウイルス感染防止のため規模を縮小。役員の遺族ら12人が参列し、無念の死を遂げた犠牲者を追悼し、恒久平和を願った。

 慰霊祭は2002年から開催しており、ことしで19年目。新型コロナの影響で中断も検討したが、「ひとたび中断すると、慰霊祭が継続できなくなるのではないか」との危機感から規模を縮小してでも開催することを決めた。

 住職による読経の後、参列者が焼香し手を合わせた。玻名城健雄会長(73)は「会員が年をとり、少なくなっているが、戦後75年の節目に開催したいという役員の気持ちがあった。来年は会員、来賓を招き、この日を迎えたい」と述べた。

 石垣市の尖閣諸島字名変更に対する台湾、中国の反発など尖閣諸島をめぐる情勢について玻名城会長は取材に「国際問題になると困る。遺族会としてはこういう問題にはタッチしない」と話した。

 死没者のうち、知名チヨさん(当時29)は清子さん(同12)、ヨネ子さん(同4)、定次ちゃん(同1)子ども3人とともに夫・定喜さん(享年61)のいる台湾にと乗船し、4人全員が犠牲になった。

 定喜さんはその後、豊子さん(享年100歳)と再婚し、6人の子どもに恵まれた。その長女の崎村サヨ子さん(71)=浦添市=は母の遺言を受け毎年参列している。

 崎村さんは「母も参列していた。遺言で子や孫、ひ孫の代まで続けてほしいと言われた。来年は娘家族も連れてきたい。父も喜んでくれていると思う」と話した。

 同事件は1945年7月3日、計180人余りを乗せた疎開船の第一千早丸、第五千早丸が米軍機の機銃掃射を受け、第五千早丸が沈没、銃撃死や溺死で犠牲者が出た。慰霊之碑には80人の名前が刻まれている。生存者は魚釣島で約1カ月の遭難生活を強いられ、餓死者も出た。遭難者の一部が小舟で石垣島に渡って救助を要請、その後、救出された。

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