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首里城火災、7棟焼失 正殿屋内から出火か

炎上する首里城=10月31日、那覇市(EPA時事)

炎上する首里城=10月31日、那覇市(EPA時事)

スプリンクラー未設置

 日午前2時分ごろ、那覇市の世界遺産、首里城跡に復元された首里城から煙が上がっていると119番があった。消防や沖縄県警によると、首里城正面の中央部分にある正殿から出火し、激しく炎上。北殿、南殿などに延焼し、建物と門の計7棟を焼いて約時間後に鎮火した。けが人はいなかった。

 消防などは、正殿の内部から出火したとみている。城内の建物にスプリンクラーは設置されていなかった。県警と消防は1日にも実況見分を行い、詳しい出火原因などを調べる。

 焼失したのは木造の正殿と、いずれもコンクリート造の北殿、南殿、奉神門、鎖之間(さすのま)、黄金御殿(くがにうどぅん)、二階御殿(にーけーうどぅん)。正殿はほぼ全焼して焼け落ちた。

 消防などによると、首里城の警備員が煙が出ているのを確認。現場に駆け付けた消防隊員が、正殿の北側から火が上がり、その後北殿、南殿へと燃え移るのを確認した。当時、強い風が吹いており、短時間で燃え広がったとみられる。

 首里城のある首里城公園では日~月3日の日程で、琉球王国時代の文化や伝統芸能を再現する「首里城祭」が開催されていた。日は午前1時すぎまでイベント会社が会場設営のため屋外で照明などの機材を整備し、同1時半ごろ退去。その後、火災が確認されるまでの間は、敷地内には警備員しかいなかった。

 火元とみられる正殿には、建物の外側に圧力水を放出して延焼を防ぐドレンチャー設備が配備されていたが、内部にスプリンクラーは設置されていなかった。首里城の消防設備の点検は昨年3月に、消防訓練は同月に行われており、点検で問題は見つからなかったという。

 首里城正殿などは戦前に国宝に指定されたが、戦災で失われ、現在の建物は1992年に復元されていた。首里城跡は2000年に世界遺産として登録された。

 

■「非常にショック」

八重山関係者「悔しい」

 

【2000年から3年間、首里城公園管理センター所長を務めた山城直吉さん(73)=石垣市宮良出身、西原町在住=】

 今朝映像を見て驚き、涙が出た。2000年の九州・沖縄サミットで、首里城北殿で行われた各国首脳の夕食会を今でも覚えている。私たち事務方が控えていた奉神殿は無事だったが、北殿は燃えてしまった。

 所長時代に県立芸術大学や舞踊団体と連携して企画・開催した琉球舞踊のイベントもできなくなってしまった。思い入れが強い場所だけに非常にショックを受けている。

 古文書や三線、尚家から贈られた宝物なども保管してあり、焼失したのではないか。復元するにも材料の調達や技術者の高齢化などかなり厳しい面があり、すぐにはできないだろう。

 観光のシンボルでもあり、大打撃だ。職員の今後も心配でならない。

 

【県教育委員会の文化財担当者として首里城復元に関わった玉津博克さん(67)=宮良=】

 午前6時のニュースを見て驚いた。首里城は文化財的に造ったとはいえ、防災関係の準備もできていた。なぜ燃えたのか、悔しい思いだ。北殿、南殿も燃えるとは驚きだ。

 正殿は2層3階建ての木造で、建物も大きい。消し止めるのは消防車では間に合わなかったのではないか。

 当時、首里城の復元作業を計画していた中で、首里城近隣にヘリポートを造ってヘリで消火活動をすべきだと言ってきた。今後、首里城は復元されるものと思うが、ヘリでの消火活動を考えてほしい。

 火事という不祥事で首里城が消失した。今後、文化財の観光施設としての活用はハードルが高くなることが予想される。再度の復元に期待したい。

 

【宮大工として南殿の建城に携わった甲斐和喜さん(66)=西表島中野=】

  とてもショック。南殿の屋根など木造部分の工事を担当し城への思い入れは強い。

 1988年ごろ、沖縄本土復帰20周年記念事業「首里城復元」で正殿の模型も製作した。数年前、首里城公園内の売店から正殿内に移したと聞いている。それも全部焼けてしまった。

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