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忘勿石之碑 刻銘版など剥離

マラリア犠牲者の刻銘版や大理石が剥がれた忘勿石之碑(竹富町教育委員会提供)

マラリア犠牲者の刻銘版や大理石が剥がれた忘勿石之碑(竹富町教育委員会提供)

台風18号影響で破損

 【西表】9月30日〜10月1日に八重山地方へ接近した台風18号の影響で、西表島南風見田海岸にある忘勿石之碑が、破損していることが分かった。前面部分の大理石や戦争マラリアで犠牲になった85人の名を刻んだ刻銘版が剥離し、コンクリートがむき出しの状態になっている。忘勿石之碑保存会の金武正会長代行(71)=石垣市登野城=は「誠に残念。期成会関係者と相談して修復や今後の管理について検討したい」とショックを隠しきれない様子で話した。

 八重山地方は同日、台風接近と大潮の満潮時刻が重なり、同島の仲間港では高潮被害に見舞われた。同保存会や竹富町教育委員会は水位が碑の部分にまで達し高潮によって剥離したと推測。過去にも台風で同じような被害に遭ったという。

 6日、現地を調査した金武さんは、前面部分の8割近くが剥がれ、手すりも一部破損しているのを確認。「刻銘版は砂に埋もれたか波に流され見つけられなかった」と声を落とし、「この碑は、町内の子どもたちや修学旅行生の平和学習で使用している。悲惨な戦争体験を風化させないためにも重要だ」と早期復元を望んだ。

 今後について、行政や建立期成会メンバーに相談し方針を決める。

 同碑は、太平洋戦争末期の1945年に波照間島から西表島へ強制疎開させられ、マラリアなどで亡くなった犠牲者の冥福を祈るため、西表在波照間郷友会を中心に期成会を立ち上げ1992年8月に建立した。

 当時、同海岸で青空教室を開いていた波照間国民学校の識名信升校長が同碑近くの石に刻んだ「忘勿石 ハテルマ シキナ」の10文字と忘勿石の歌も刻銘され、識名校長の平和への思いを後世につないでいる。

 建立には、県内外から922万円余の寄付を受け、記念誌も発刊した。

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