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74年前の今頃、島々は戦争マラリアにあえ…

 74年前の今頃、島々は戦争マラリアにあえいでいた。7月、空襲は緩やかになり、住民は「どうせ死ぬなら家で」と山中から戻り始めた。地獄はむしろ、それから▼死者は次々、火葬場は使用不能。食糧難に栄養失調が追い打ちをかけた。マラリア病者をかかえ、あるいは自身が病みながらの芋ほり。「ほおはそげ、ほお骨が恐ろしく突き出て額はしわだらけになり、首も手足も細長くなって老若の見分けのつかなくなった者や、髪の毛がすっかり抜け落ちて男女の区別もつきかねる者も少なくなかった」▼以上は「八重山に学ぶ」に掲載された「吉野高善医師の見た戦争マラリア」から引いた。病と飢えに苦しみ、栄養失調にあえぐ人々のリアルな姿である▼軍は判断を誤った。戦局、避難命令。何よりの過ちは、特効薬キニーネを保有しながら住民への提供を拒否したこと。軍の冷酷な論理、その事実ひとつを学ぶだけでも今日的課題を考える鎮魂の月である▼戦後世代が戦争の記憶を継承し、語り継いでゆかねばならない現代。先の「学ぶ」は良書だ。ぜひ家庭に一冊。子や孫たち世代とともに学ぶきっかけにもなろう▼未来に命をつないでゆく。戦争につながるすべてのものにあらがい続ける。その鎮魂の月の、市議会の判断。後世にどう評価されるか。(慶田盛伸)

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