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海外に渡った2人の今

北米のおいと南米の叔母の生き方

 ■北米で日本語補習校校長

 夏休みで一時帰国したサンフランシスコ日本語補習校校長と話す機会があった。4年前に石垣第二中学校を定年退職した上里多一氏である。数ある日本語補習校中最大規模の学校の校長が八重山出身なのはうれしい。校長に就任して3年目という。

 重い肩書のはずなのに上里氏には少しの気負いも感じられないのが印象的だった。教諭時代にもスリランカの日本人学校で3年間勤務したと聞く。

 英語が話せないと職務遂行に支障があるでしょうねと聞くと、「そんなことありませんよ」とさらりと否定した。平日は現地校に通う児童生徒は英語の方が得意なので校内には「英語使用禁止」のポスターが掲示されていることも紹介した。日本の教科書を日本語で教えているわけだから八重山から一人でも多くの教職員が海外派遣制度を活用することを願っているとも語った。

 ■南米で日本語学園学園長

 上里校長に会った数日後、アルゼンチン在住の安田くに子(旧姓上里)氏が外務大臣賞を受賞したと知人から聞かされた。くしくも上里校長の叔母だという。日本語の学習指導と普及活動の実績が高く評価されたらしい。

 厚かましいと思いつつも知人を介してブエノスアイレスの安田氏に電話を入れた。さすが日本語教師、丁寧な日本語でこちらの質問に的確に答えた。

 40年前に当地に渡ったが、日系準2、2、3世に日本語が通じないので日本語指導の必要性を感じた。娘の成長を機に日本語指導の研修を重ねているところにフルサコ日本語学園から声がかかり、1996年に日本語教師、2000年からは学園長を兼務。JICA主催中学生研修等で日本の中学生と交流させ、日本により親しめるよう意図した活動もとり入れている。

 日本語教師として学習者や同僚の日本語教師が日本で研修を積んだり旅行したりできればいいなといつも思っているとも語ったが、そこには教師、管理者としての誠実さがにじんでいた。

 ■沖縄・故郷への強い思い

 上里校長は沖縄の戦後、苦難の歴史をリアルタイムで生きてきたのに何もできなかった自分に歯がゆさを覚えるとしつつアメリカにいても沖縄に強い関心と思いを寄せていると語った。だから同僚(他県から派遣)から「先生が帰国する頃には石垣島は中国の領土になっているかもね」と真顔で言われた時には、あまりの不見識と無神経な物言いに憤りを覚えたが、同時に沖縄の基地問題が解決に向かわないわけを妙に納得させられたとも続けた。

 安田学園長は故郷のことを一時も忘れたことがないと口にした。2013年に帰省した折には氏の出身校波照間中学校の生徒に波照間方言を含めた言語のかけがえのないことを説いたという。電話の向こうでも沖縄系の人は沖縄に住む人よりウチナーグチが達者だと思いますよと軽い笑い声を上げた。

 この頃の日本の若者は内向きの傾向にあるとの指摘がある。現に各種調査によると休日は部屋の中で過ごす若者が多いようだ。外国留学を希望する大学生の数も年々下降線を描く。彼らに上里、安田両氏のような生き方をどう伝えればいいのだろうか。

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