八重山諸島のニュース・石垣島・竹富島・西表島・新城島・小浜島・黒島・波照間島・与那国島

エントリー

春の叙勲 八重山から3氏が受章

左より前泊英光氏、茅原南龍氏、松川秀盛氏

左より前泊英光氏、茅原南龍氏、松川秀盛氏

松川秀盛氏 茅原善元(南龍)氏 前泊英光氏

 内閣府は29日付で、2018年春の叙勲受章者を発表した。八重山関係者では元石垣市議会議員の松川秀盛氏(70)=石垣市字石垣=が地方自治功労で旭日小綬章、元県書道美術振興会理事長の茅原南龍氏(79)=糸満市、石垣市字新川出身=が地方文化功労で旭日双光章、元県警生活安全部長の前泊英光氏(77)=宜野湾市、石垣市平得出身)が警察功労で瑞宝小綬章を受けた。

 

■旭日小綬章 地方自治功労・松川秀盛(70)

 市民のために議員活動

 石垣市議会の議員として1986年から7期28年間、市民のために活動してきた。「受章は、支持者の皆さんがこれまで支えてくれたからこそ」と感謝する。 

  宮古島市城辺出身で3歳のころ、石垣市名蔵へ移り住んだ。その後、字石垣に住所を移し、66年から約10年間、市農業委員として従事。

 市議当選後は、農林水産業や川平・崎枝地域のリゾート開発で土地区画問題にも携わってきた。「依頼者のために、結論は必ず出してきた」と公平・公正・平等をモットーに議員活動に励んだ。

 建設・土木では指名入札制度の見直しにも取り組み「私なりにコツコツ、粛々と当たり前の仕事をやってきた。自分自身を賞賛したい」と振り返る。

 今も、漁業関係者の声を県に届けるなど市民に寄り添う気持ちを忘れてはいない。

 

■旭日双光章 地方文化功労・茅原南龍氏(79)

 書の道を究め人材育成

 「書道の道を究める」と27歳のころ周囲の猛反対を押し切り、務めていた消防署を退職。1975年に那覇市に移り住み、於茂登岳のように大きく、植物の「オモト」のように粘り強くなると決意し、「万年青(おもと)」の名で支部を立ち上げ、85年から茅原書藝会を主宰する。

 「夢を持ち、それに向かって目標を定め、計画し、実行していくこと」が信念。2009年には、これまでの功績が認められ、石垣市の栄誉市民に選ばれた。

 新石垣空港の門標となっている、於茂登岳ふもとから切り出した石に揮毫(きごう)した。

 「書家を目指して島を出て於茂登岳にちなんだ支部を立ち上げてから数十年。運命を感じた」と当時を振り返り、受章に「私一人のものでなく、この分野の道を究め、広めていくことへの後押し」とさらなる意欲を燃やす。

 

■瑞宝小綬章 警察功労・前泊英光氏(77)

 犯罪捜査の解決に尽力

 復帰前の1959年、当時の石川署に配属。その後、警視庁に派遣され、犯罪鑑識を1年間学び、69年には普天間署(現・宜野湾署)の初代鑑識係長となり、殺人事件や強盗、放火などの重要事件現場で鑑識活動に従事した。

 72年からは警察学校で犯罪捜査や犯罪鑑識、防犯の担当教官として警察官育成に努めた。78年7月30日の「730交通方法変更」では対策本部の一員として対応。83年からは、八重山署次長として故郷の安全を守った。

 「一番記憶に残っている出来事」は2000年沖縄サミット。定年を半年間延長して全国から集められた警察官3500人の陣頭指揮を執った。

 大きな事件があると休みが取れない日も続いたが、「事件が解決し、被害者や遺族に報いられるのが何よりもうれしかった」と振り返る。

  • タグ: 春の叙勲松川秀盛茅原南龍前泊英光
  • ※本コメント機能はFacebook Ireland Limitedによって提供されており、この機能によって生じた損害に対して株式会社八重山毎日新聞は一切の責任を負いません。

    関連するニュース

    • 関連するニュースはありません。

    ページ移動

    キーワード検索フォーム