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かつてまちやむらに多数あった…

 かつてまちやむらに多数あった1銭まちやー。庶民の暮らしを支える存在だった。現金いらずカケでも購入でき、子どものお使いにも柔軟に対応した。誰もが顔を知っている時代だったからこそ▼そのまちやーが姿を消すのと、人と人との距離が遠くなっていくのとは同時期だったか。今や隣は何をする人ぞ、の方も多いのではないか▼それでもどっこい、生き残っているまちやーには共通項がある。あったか総菜やおいしい弁当、それに新鮮野菜があることだ。人はおいしいものを求めて集う。自店調理か、総菜店の持ち込みかは問わない▼なけなしの年金でタクシーに乗り、行きつけのまちやーにせっせと通うお年寄りもいる。何度も繰り返しテレビで取り上げられ、レンタカーが集まる店もあれば、ほぼ市民でにぎわう店もある▼思えばかの「オニササ」は、中高生の遊びのようなし好から始まった。おにぎりとポークを組み合わせて「オッポー」、チキン空揚げだったら「オッチー」。商機を見逃さなかった店主の眼力、販売促進はさすがである。多種多彩なコンビニ総菜も悪くはないけれど、高齢者には何だかぬくもりが感じられないのかも知れない▼子どもからお年寄りまで喜ぶ第2、第3のオニササよ、いでよ。それでこそ庶民の味方、まちやーの力だ。(慶田盛伸)

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