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第33回八重山毎日文化賞決定

若者の八重山研究離れを危惧する

 ■受賞者の業績

 文化の日の昨日、第33回八重山毎日文化賞が発表され、正賞には木工職人で沖縄県工芸士の戸眞伊擴氏と八重山歴史研究者の得能壽美氏。特別賞には元沖縄県文化財保護審議会会長等を歴任した崎原恒新氏、奨励賞には学校図書館司書の山根頼子氏に決定した。受賞者の長年の研究と業績を祝福したい。

 木工一筋に歩んできた戸眞伊氏は西表島舟浮出身。市内の木工店で厳しい修行を積んだ。指し物を得意とし、後に挽き物も学んだ。沖縄タイムス社主催の沖展木工部門の最高賞に当たる沖展賞を受賞し、今や沖展の審査員でもある。水も漏らさぬと言われる「捻り組継ぎ」技法をよみがえらせた。また、機織り機の緻密な小道具製作はこの人をおいてほかにいない。沖縄県木工界の第一人者だ。

 得能氏は、静岡県出身だが、大学の卒論に近世八重山の人頭税制度に関する論文を書くなど八重山研究一筋だ。石垣市に移住し、市立八重山博物館、市史編集室に勤務し、「石垣市史」「市史叢書」刊行に貢献した。都合により八重山を引き上げたが、東京でも八重山研究の中心メンバーとして活躍している。

 1999年には八重山毎日文化賞奨励賞を受けたが、今回は正賞受賞となった。2005年には沖縄文化協会賞(比嘉春潮賞)も受賞している。

 特別賞の崎原恒新氏は与那原町出身。復帰前に石垣中学校教諭、沖縄本島に転勤し1996年には白保中学校教頭に赴任した。64年から68年まで鳩間島以外の有人島を踏査し、八重山に再赴任してからも調査を続けた。その間、八重山関係の多くの論文を発表。97年には「中学生・高校生等主として若い世代向けに作成した」『八重山辞典』を発刊『八重山開拓文献・資料目録』『八重山開拓関係新聞目録』等も発刊した。多くの著書や八重山に関する論文を発表している。

 奨励賞の山根さんは新川出身。高校図書館司書。八重山地区における図書館活動を支え児童生徒の読書活動に貢献してきた。また、海外や国内の図書館視察や調査、資料整理事業に携わるなど活躍している。本や雑誌に研究論文、同人誌に、エッセー等を発表。月刊誌には培った広い視野から八重山関係の本や雑誌を紹介するなどの活動を行っている。

 ■八重山研究者の減少

 さて、近年、八重山の歴史文化研究は沖縄返還前後のアイデンティティーを求め沖縄研究熱が高揚し若い八重山研究者も増えたが、現在は退潮し、地元に若い研究者が少なく、また、大学教授からは八重山の歴史や文化を研究する学生が少ないと将来を危惧する声も聞こえる。

 現在、八重山博物館では故喜舎場永珣の収集した資料の整理が行われている。公開されれば八重山研究を大きく進展させるはずだ。

 喜舎場の座右の銘は「汝の立つ処を深く掘れ。甘き泉あり」というニーチェの言葉である。

 地元関係者が真っ先に、汝の立つ処を掘らなければ、喜舎場の収集した「八重山の宝」は持ち腐れになりかねない。地元出身者の奮起を望みたい。

 ■副読本の復活を

 こどもの頃から、地元の歴史や文化を学ぶために石垣市教育委員会の副読本『八重山の歴史と文化・自然』は発刊されたはずだ。それを、教育委員会は意味不明な説明に終始し中止した。それに代わる副読本はどうなったのであろうか。

 子どもたちが学校で地元の歴史や文化、自然を学ぶ機会を失ったことは大きな損失であり、教育委員会の責任は重い。歴史家のE・H・カーの有名な「歴史とは現在と過去の対話である」箴言(しんげん)をかみしめてほしい。

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