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遺志を継ぐために

平和を希求した三方をしのびつつ

 ■世代を超えた交流

 山田實さんの撮った写真には市井の人々の生や暮らしへの温かいまなざしが感じられる。子どもたちのとびきりの笑顔は日差しや辺りの空気にさえ祝福されているかのようだ。山田さんは戦争前夜の言論思想統制の厳しい時代に東京で学生生活を送り、戦場に送られた揚げ句極寒のシベリアで抑留生活を強いられた。山田さんの無類の優しさは生死の境をさまよった経験にも由来するとの指摘はその通りだろう。

 5月の山田さんの死に際して、うるま市出身のバンド「HY」から新聞社に追悼メッセージが寄せられた。そこには「山田さんのあの涙とかわいい笑顔を大事に胸に置いて僕らの音楽にのせてつなげていきます」とあった。メンバー全員で山田さんのたどった歩みや沖縄の戦の話、写真に込めた思いを聞き取るなど交流を重ねていたという。人の心に寄り添う者同士の交わりには年齢の差なんて関係なかったのである。

 ■一人芝居の原点・聞き取りから熱演へ

 4月には一人芝居で平和の尊さを伝えてきた北島角子さんが逝った。「すくぶん(職分)をもって平和を考えたいと舞台の仕事を続けている」と語った北島さんのその原点はパラオでの過酷な戦争体験だった。1983年頃、那覇で北島さんの一人芝居を見た。戦時下の苦しみや悲しみを時折ユーモアを交えつつ豊かな身体表現、パワーあふれる語り口で演じていた。中学生も集団で観劇していたが、食い入るように圧倒されるように舞台に向かっていたのが印象的だった。舞台表現のインパクトの強さを思ったものである。

 うるま市立伊波中学校の生徒たちが宮森小学校ジェット機墜落事故を題材にした劇を熱演し、好評を博したとの新聞報道があった。子どもを失った母親を熱演した女生徒が遺族が涙ながらに語る姿に「聞いたからには、しっかりと多くの人に伝えなければと思った」と語ったことも紹介されていた。生徒たちは聞き取りを通して、演じることで命のかけがえのなさを学び取り、そして「多くの人に伝えたい」と演じたのである。

 ■心に平和の礎を

 八重山の子どもたちも「HY」の皆さんのように戦争体験者と交流をもち、戦争は人の心をまひさせてしまうことや極度のひもじさ、そして命の尊さや平和のありがたさなどを学び取ってほしい。県紙の企画に見られるように少人数で訪問し向き合って話をうかがうのも効果的な一方法だろう。

 先に演劇の伝える力について書いたが、この力は演劇に限らない。八重山の子どもたちは表現力豊かだ。少年少女合唱団、高校の放送研究部、中高の郷土芸能部、子供演劇集団等枚挙にいとまがない。詩や絵画など一人でできる表現活動もいくらだってある。表現に際しての聞き取りや取材を通して多くを吸収し表現に生かしてほしい。そして命の賛歌を大いに発表してほしい。

 ところで国籍、軍人、民間人を問わず全ての戦没者を悼んだ平和の礎は平和について考えさせる画期的なモニュメントである。八重山の全ての子どもの心に平和の礎が据えられるよう願いたい。6月には平和の礎を建立した大田昌秀さんも逝った。

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