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沖縄慰霊の季節に自衛隊の挑戦

歴史を逆回転させてはならない教訓

 ■72年前の死への旅路

 6月、梅雨の沖縄は慰霊の季節を迎えた。死者への哀悼は自身との対話であり、戦争の悲惨さを今語るのは未来の虹のためであろう。

 72年前の6月1日、八重山の第45混成旅団長は住民に敵の上陸が近いと退去を命じた。10日には全軍が戦闘態勢に入った。そのため住民はマラリアの巣窟である山中へ強制「退去」させられた。死の旅路の始まりであった。

 米英軍による空襲、潜水艦からの攻撃、イギリスは5月23日任務を終え先島から離れたが、アメリカ軍は伊江島飛行場、嘉手納飛行場、泡瀬飛行場、遠くはフィリピンのタクロバンやクラーク基地から長距離重爆撃機等で沖縄本島や先島を攻撃した。

 当初は飛行場や港湾施設が目標であったが、次第に無差別攻撃となっていった。島外との交通は途絶し住民、軍とも食糧難となった。

 軍は各牧場の牛を勝手にと殺し住民の家屋に残されていた食糧や甘藷(かんしょ)畑を荒らし回った。

 最後の一兵まで戦うと豪語した軍は砲弾も底をつき8月15日のポツダム宣言受諾により、あっさり降伏した。そして翌年1月兵隊たちは島から去った。

 しかし、八重山ではマラリアが猖獗(しょうけつ)し住民の多くが死亡した。火葬場の窯は故障し死者は露天焼きにされたり埋葬された。軍隊が残した教訓は「軍隊は住民を守らない」ということだけであった。

 ■県史刊行の意義

 沖縄県史「各論編6 沖縄戦」がこのほど刊行された。5部17章72節の構成で37人が執筆している。5月28日刊行を記念して那覇市の県立博物館・美術館でシンポジウムが開催された。基調講演で吉浜忍沖縄国際大学教授は新県史では執筆者に「最近の研究成果」「県史や市町村の成果」「住民視点や証言を入れること」を求めたことを述べ、成果を強調した。

 八重山では石垣市や竹富町史が戦争体験証言集を刊行しているが、与那国町はまだだ。石垣市史も4巻で満足せず、新証言集を企画すべきではないか。戦争体験者は高齢化しており収集は急務だ。

 吉浜教授は「沖縄戦は島々や地域で姿が違う」と指摘した。戦争は画一ではない。そのためにも各字会や公民館でも戦争記録収集をすべきではないか。地域を挙げて取り組んでほしい。

 ■思考停止は人類の宝

 先月19日八重山自衛隊家族会(上地和浩会長)が、平得大俣東への自衛隊配備を求める請願書を石垣市議会に提出した。同席した役員たちからはマスコミ批判や「先の大戦時から考えが止まっている」との発言が報道されている。戦争の教訓を踏まえての運動を冷笑しているとするならば、流された膨大な血、マラリアの悲惨な教訓から何も学んでいないといえる。「思考進行」が平和憲法を空洞化させ、軍隊である自衛隊は今や世界第4位の軍事力を保持するまでになった。ミサイル発射や核開発に狂奔している北朝鮮は核を「宝剣」と呼んでいる。国連安保理事国は武器輸出国の最たるものだ。その武器によって人間が殺され大地が破壊されていることを考えるならば、戦争反対の思考停止は「人類の宝」と言える。

 沖縄県史や市史・町史を活用し戦争の愚かさを学び、歴史を逆回転させない未来を築くべきだ。

 慰霊の季節に挑戦するかのように自衛隊配備の市民説明会が開催されるという。これも冷笑であろうか。

 

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