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「琉球政府立」八重山高校2年だった。…

 「琉球政府立」八重山高校2年だった。昨15日は校名が「沖縄県立」となった日である。深夜0時、ひとりNHKラジオでその瞬間を聞いていた。夕刻、祝賀と抗議のふたつの集会があった▼世替わりの始まり。アルバイトでためたなけなしの小遣い4ドル余りを両替してもらった。返ってきたのは千円札1枚と小銭。これがお金か、こころもとなさにため息がでた▼何しろドルを知る世代である。夏の日のぜんざいが5セントの頃、1ドルあれば映画を見て、帰りにそばを食べてもお釣りがたんまり残った▼「沖縄を返せ」を歌い、ちょうちん行列を繰り返して求め続けた「日本」。その年の夏休み。船で行った那覇は、軍港に米軍戦車が並び、国道58号となった1号線は迷彩柄の軍用車両がわがもの顔で通る「オキナワ」だった。ましてやコザの街は米兵が闊歩(かっぽ)し、店舗の看板も英字だらけの「アメリカ」そのもの▼あれから45年。沖縄はいまだにオキナワのまま。かの「祖国」は狭い県土に過重な米軍基地を押し付けて恥じない▼現状打開を夢想する。「非武装・中立」を掲げて独立したらどうなるか。日本の思いやり予算がないオキナワに何の魅力があるだろう。基地維持費の負担を嫌がるトランプは、オキナワをさっさと出ていく。オキナワを返せ、沖縄へ返せ。(慶田盛伸)

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