八重山諸島のニュース・石垣島・竹富島・西表島・新城島・小浜島・黒島・波照間島・与那国島

エントリー

昨年11月、台湾中部の雲林県にある小学校

 昨年11月、台湾中部の雲林県にある小学校を訪問した。日本統治下に創立した台湾人子弟向けの小学校を前身とする小学校で、当時、父親が同校教師だったうるま市の会社役員、松田米雄さん(68)らに同行したのである▼学校側は約1時間かけて松田さんの父、浩さん(享年80)=平安座島出身=の出勤簿と履歴書を探し出した。「父がここにいたということを確認できた」と松田さん▼台湾に残されている植民地期の資料を読んでいくと、県関係者の名前に行き当たることは多い。松田さんのケースはその1例だ▼与那国出身の浦崎永二さん(78)から兄、浦崎精弘さん(1928〜60)の生涯をまとめた著書「浦崎精弘の記憶」が送られてきた。1月19日付「オーライ」で紹介されている本である。精弘さんは終戦直後の与那国で、青年会活動で中心的な役割を担った人物である▼同書には、精弘さんが同校転入前に在籍していた開南中学校の生徒学籍簿が収録されていて、思わずうなった。同校から台湾の旧基隆中学校に移った精弘さんの資料が基隆側に残され、永二さんが見つけたのである▼沖縄戦で失われたとみられる資料が台湾で保管され、日の目を見ることになった。70年以上も前の資料が台湾で「発見」される意味は、戦争抜きには考えられない。(松田良孝)

※本コメント機能はFacebook Ireland Limitedによって提供されており、この機能によって生じた損害に対して株式会社八重山毎日新聞は一切の責任を負いません。

関連するニュース

  • 関連するニュースはありません。

ページ移動

キーワード検索フォーム