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八重山から3氏が受章 秋の叙勲

左から唐真佑子氏・久高常良氏・宮良康正氏

左から唐真佑子氏・久高常良氏・宮良康正氏

 内閣府は3日付で、それぞれの分野で国や社会の発展に貢献した人に贈る「2015年秋の叙勲」の受章者を発表した。八重山関係は、八重山古典民謡演奏家の宮良康正氏(75)=与那国町出身、浦添市在住=が文化財保護功労で旭日双光章、元県警刑事部長の久高常良氏(76)=石垣市白保出身、沖縄市在住=が警察功労で瑞宝小綬章、元県八重山福祉保健所地域保健課長の唐真佑子氏(71)=同新川出身=がへき地保健衛生功労で瑞宝単光章をそれぞれ受章する。県内からは3氏を含む47人、全国では3945人が受章する。

【旭日双光章】

 宮良康正(75)(みやら・こうせい)=文化財保護功労 

■後継者育成に意欲

 八重山古典民謡の第一人者である。幼い頃から歌が達者な母と父方の祖父に囲まれた環境で育ち、自然と歌に親しんだ。1967年に八重山歌の大家・大鍇安伴氏に師事し、持ち前の歌唱力に一層の磨きをかけた。

 入門から2年後の69年、人生の転機が訪れた。出場したNHKのど自慢全国コンクール大会で「とぅばらーま」を熱唱し、日本一に輝いた。沖縄から代表を送り出してから12年目の快挙だった。

 宮良さんは「復帰前にパスポートを持っての参加で、喜びというより誇りだった。郷友会をはじめ多くの方々が喜び、人生の中で最高の瞬間を味わった」と振り返った。

 名声は広がりその後はプロの民謡歌手として活動。県指定無形文化財「八重山古典民謡」保持者の認定、県文化功労賞など数々の功績を挙げている。叙勲に「思わぬ栄誉で驚いている。プロとしての責任の重大さを実感しており、今後も後継者の育成に励みたい」と決意を新たにした。

 

【瑞宝小綬章】

 久高常良(76)(くだか・つねよし)=警察功労

■地域の治安維持に貢献

 「人情が豊かな白保で育った。海岸に立つと今の自分があることをしみじみと思う」。八重山高校を卒業後の1957年に琉球警察(県警の前身)に採用。本部署を経て大阪府警出向、沖縄署刑事官、浦添と那覇署で署長を務め、97年に県警本部の刑事部長を最後に定年退官した。

 東京オリンピックが行われた64年から2年間、大阪府警に出向。当時、社会問題となっていた少年事件の対応についての研修を受け、帰任後に沖縄で初めての民間ボランティアによる少年補導員制度を立ち上げた。 

 刑事関係では銀行強盗や幼児誘拐事件などの犯人逮捕に尽力。約40年の警察官人生を「不眠不休の捜査などで大変なこともあったが家族や兄弟、地域の皆さんなどのおかげで乗り越えることができた」と振り返った。

 叙勲には「人のためになるとの使命感で仕事をしてきた。地域で大切な治安維持に努めたことが評価されたと思う。ありがたいことです」と感謝した。

 

【瑞宝単光章】

 唐真佑子(71)=へき地保健衛生功労

■障がい児保育環境整備に尽力

 県八重山福祉保健所の保健師として38年間勤務。住民健診や生活習慣病予防などの業務をこなす一方、母子検診で見つかる障がい児の保育環境整備に尽力。わが子の障がいに不安を抱える親子に手を差しのべてきた。

 当時は障がい児を受け入れる保育所や施設などはなく、子どもたちは一日中家の中。唐真さんは同じ悩みを持つ「障がい児親の会」を立ち上げ、相談にのった。

 その後当時の市長に保育所での受け入れを要請。障がい児保育は始まったものの条件は厳しく納得いくものではなかったという。

 地道な活動の成果が実り、1988年に母子通園事業「ひまわり」(現障がい児通所支援事業所「ひまわり」)をスタートさせた。

 唐真さんは「保健師としての業務が評価された。私一人ではここまでできなかった。保健師を代表していただいたようなもの」と感謝を述べた。

 唐真さんが命名した同施設は今年で28年目を迎える。

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