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市庁舎は現在地か高台移転か

市全体の防災・減災対策が肝要

■活発な議論開始

 石垣市新庁舎建設基本計画策定委員会が発足、来年3月には原案を策定し、市長に答申する。決定には議会の承認を経る必要があるが、2015(平成27)年度に基本設計、16年度に実施設計、17年度に着工、18年度の供用開始を目指す計画となっている。

 昨年度策定された基本構想を基に本年度は、庁舎の建設位置と事業手法を原案として決定するが、庁内の検討委員会、議会や地域意見交換会、説明会、パブリックコメントの手続きを経て答申を目指す大プロジェクトで市民の重大関心事となっている。第1回の委員会では早くも現地(美崎町)建て替えか、高台移転かを巡って意見が二分され、活発な議論が展開された。

 市役所は市民と共に地域社会のあり方を考え、地域の資源を活用し、「活力ある豊かなまちづくり」を推進する中心拠点であり、市民は地域社会づくりの「主役」であって、地域の進むべき方向性を市役所と共に考えるべきものとされている。

■市役所の役割

 庁舎は市民が行政サービスを受ける交流の場であり、市民に優しく、入りやすく、交通などの利便性、効率性等が求められる。現庁舎は築44年で老朽化、狭隘(あい)化が進み、バリアフリーにも対応できず、庁舎分散化で非効率、さらに震災に対しても建物等の耐力が不足している。

 「地震、雷、火事、親父」とたとえられるが、地震や津波、台風など自然災害は日本列島に容赦なく襲いかかる。

 11年3月11日、14時46分に発生した東日本大震災は死者・行方不明者1万8487人、被災避難者は40万人以上となり、地域の復興はまだ道半ばである。明和8年(1771)の八重山地震では地震被害は少なかったとされるが大津波が発生し、当時の人口2万8000人の内、三分の一となる9400人の尊い人命が失われ、耕作地は塩害を受け農作物の生産が減少、飢饉(ききん)や環境衛生の悪化から疫痢が発生し、明治初頭まで大幅な人口減少が続いた。当時は木造建築主体で避難や防災・減災意識が不十分、衛生環境の面でも現代の石垣市と比較できないが、自然災害は必ずやってくる。

■市役所だけ移転?

 石垣市は日本最南端の自然文化都市で、八重山の政治経済の中心である。歴史的に見ても石垣港を中心に市街地が形成され発展してきた「みなとまち」で、外国人観光客が多数訪れる国際観光都市である。巨大津波に備えるためには市役所をはじめ、地域ぐるみで高台へ移転することが理想的だが、莫大(ばくだい)な費用と時間を必要とし、地域の生活や産業、伝統行事、文化やコミュニティーを破壊する危険性があり、現実的ではないだろう。東日本被災都市の高台移転問題が進展しない悩みもここにある。

 これまで積み上げてきた各種インフラやまちづくり基本計画、港湾計画等との整合性が取れるのか疑問が残る。まして市民目線で常に市民に寄り添うべき市役所だけが高台に移転するのはいかがなものか。知恵を尽くして防災や減災対策を立てながらまちづくりの原点に戻り、石垣市発展のため、活発な議論を深めてほしいものだ。

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