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伊是名医院が閉院 36年の業務終える

7月31日で36年間の業務を終え、閉院する伊是名医院7月31日で36年間の業務を終え、閉院する伊是名医院
院長先生ありがとう 地域医療に大きく貢献 住民から惜しむ声

 36年間にわたって石垣市の地域医療を支えてきた民間病院・伊是名医院(伊是名雄三院長、71歳)が7月31日をもって閉院する。同医院は県立八重山病院の外来患者増加の負担を軽減するため、八重山病院元院長の伊是名氏が1977年(昭和52年)2月1日に開院。多くの地域住民に親しまれてきたが、伊是名氏が高齢となり握力が衰え指先の感覚がにぶくなってきたため「命を預かる者としていいかげんな診察はできない」と、悩んだ末に閉院することを決めた。

 伊是名院長は宮古高校を卒業後、山口大学医学部を経て、70年に八重山病院の外科医長として勤務を始めたのを皮切りに副院長や院長を歴任。

 当時、現在の八重山福祉保健所の場所にあった八重山病院は老朽化が激しく、衛生面にも問題があったという。伊是名院長は「このような状況で医療行為を行うことは患者の命を奪いかねない。県に何度も病院の増改築を要請したが、県予算で調査費はゼロだった」と振り返る。

 一向に増改築の動きがないなか、76年に伊是名院長が「医療に責任持てぬ」と辞表を提出したことがマスコミでクローズアップされ、当時の支庁長や市長が中心となって「八重山病院新築移転促進協議会」を設立。その4年後の80年には現在の市内大川に八重山病院が移転新築された。

 77年に八重山病院を辞職した伊是名氏は、同年2月1日に市内字石垣の2号線付近(現スーパーホテル)に伊是名医院を開設。

 外科医で当時35歳だった伊是名院長は、外科や内科の他にもさまざまな医学を学び、産婦人科と精神科以外はできる限り対応してきた。「民間医院として開設したのだから、専門じゃないので診られませんとは言いたくなかった」と述べた。

 80年5月1日に現在の場所に移転し、「地域のかかりつけ医」として36年間にわたって親しまれてきたが、今年2月から体調不良のため休診していた。

 同医院を利用していた市民からは「親も通院していて家庭の状況も理解し、親身になってくれた。閉院するのは残念」「いつでも受け入れてくれて、身近な医療施設と安心感を与えてくれた」と閉院を惜しむ声があった。

 伊是名院長は「地域の皆さんの温かさや優しさに支えられ、穏やかな気持ちで診療にあたることができた。感謝している。今後は八重山病院の移転新築も予定されているようなので、ぬくもりある地域医療の確立を願っている」と地域住民に感謝し、今後の八重山医療に期待を込めた。

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