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苦節乗り越え100周年 八重山最古の玉那覇酒造所

祖父の代から伝統守る
廃業の危機何度も
 1912(明治45)年に創業し、100周年を迎えた八重山最古の蔵元、玉那覇酒造所=石垣市石垣=。三代目の玉那覇有紹さん(66)と妻・美佐子さん(58)は、母・吉子さん(94)が守り続けて来た祖父の代から続く泡盛「玉の露」の伝統を引き継ぎ、有紹さんの長男・有一郎さん(35)、三男・有貴さん(27)、長女・秋元聡子さん(33)らが家業を手伝うなか、精魂込めて伝統の泡盛を造り続けている。  一世紀の節目に有紹さんは「一代で100年継続することはできず、母が頑張ってつないできた。何回も廃業の危機を乗り越え、100年目を迎えた立役者は母だ」と話す。  父・有幸さんが1951年に急逝。当時5歳だった有紹さんが酒造免許を引き継ぎ、吉子さんが酒造所を切り盛りしてきた。有紹さんは島外に進学、就職したが、76年に美佐子さんと帰省し、伝統の泡盛造りを引き継いだ。  帰省当時のことを、有紹さんは「洋酒が主流な時代で酒屋をつぶそうという話もあったが、母が守ってきた酒造所を長男がやめることはできない。人の道として守っていかなければとの思いで帰ってきた」と振り返る。  10数年ほど前から、有紹さんが石垣市商工会や八重山酒造組合の役員に就任して多忙な日々が続き、「妻と2人でやっている時は大変だった。毎日くたくたになって、朝5時から、瓶詰めに追われていた」と妻の苦労をねぎらう。  その後、従業員を雇い、有一郎さんも帰省して家業を手伝う。有貴さんと聡子さんも島に戻り、家族を中心に酒造業も好調で「地域の人々や同級生、友人など多くの人に支えられてきた。地元での消費が増え、広がりを見せている中で100年目を迎えられた」と歴史の重みをひしひしと感じている。  6人の子を育てながら、有紹さんが帰省するまで20年以上にわたって女手一つで酒造所を守ってきた吉子さんも「孫3人が蔵に入ってくれて、何とも言えないぐらいうれしい」と、100周年記念祝賀会で感無量の表情だった。
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