八重山諸島のニュース・石垣島・竹富島・西表島・新城島・小浜島・鳩間島・黒島・波照間島・与那国島

エントリー

場所が思い出せない。幼いころ、父親に…

 場所が思い出せない。幼いころ、父親に連れられ、米兵と一緒にある洞穴のような場所に入った▼ショックで気を失いそうになった。そこには積み重なるようにおびただしい数の人骨があり、米兵も何度も驚きの声をあげていた。泣いて父親にしがみつき、外に出るよう頼んだ▼あとは記憶がない。どのようにして帰ったのかも覚えていない。ただ、洞穴へ向かうとき、米軍のジープで長く揺られたような気がする。この体験がトラウマとなり、父親とは最後までその話をすることはなかった▼いま考えると、人骨は数の多さから、明和大津波犠牲者の遺骨ではなかったかと思う。文献によると、被災者の惨状を見かねた長栄氏12世の宮良真兼が、2920人の遺体を大川長山の洞穴に移して供養したとある▼のちに墓は八重農西側に「霊骨安置墓」として移転しているが、なぜ移転したのか、その後洞穴がどうなったのかは定かでない。同じく津波犠牲者を祀った白保千人墓も、旧日本軍が遺骨を移して防空壕(ごう)に使ったというが、詳しくは分からない▼明和大津波では、石垣市で9313人が亡くなったと記録されているが、その遺骨の取り扱いに関する資料は極めて少ない。幼児体験時の洞穴が何とか分かれば、非礼をわびて冥福を祈りたい。(黒島安隆)

関連するニュース

  • 関連するニュースはありません。

ページ移動

キーワード検索フォーム