八重山諸島のニュース・石垣島・竹富島・西表島・新城島・小浜島・黒島・波照間島・与那国島

エントリー

中華民国からの感謝状、新たに1通見つかる 尖閣遭難の中国漁民救助

中山市長「第1級の歴史的史料」
 1919(大正8)年冬、中国漁船が尖閣諸島沖で遭難し魚釣島に漂着した中国漁民を救護した住民に中華民国が贈った「感謝状」を石垣市は27日、新たに発見したと発表した。  外務省外交資料館所蔵資料では感謝状は7通送られたとあるが、現物は市立八重山博物館所蔵の1通(石垣村職員玉代勢孫伴氏あて)のみ。今回みつかった感謝状は、軸装のため上下左右が切り取られている玉代勢氏あてのものとは違い、そのままの状態で残っており、中山義隆市長は会見で「玉代勢氏のものと合わせ、第一級の史料になる」と述べた。  感謝状は第2代石垣村長の豊川善佐(とよかわ・ぜんさ、1863~1937年)に贈られたもの。以前から豊川氏の所有が指摘されてきたが、20年以上前に郷土史家の牧野清氏の調査でもみつからず、市史編集室が「豊川家文書」を編集する際にも確認されていなかった。  9月の尖閣諸島沖中国漁船衝突事件で感謝状が脚光を浴びたのを受け、博物館があらためて豊川家に確認を依頼したところ、11月12日に古文書類とは別の保管箱からみつかった。ひ孫婿の豊川敏彦氏も「以前にあれだけ探してなかったのに」と驚いていたという。  中山市長は「感謝状は歴史的な証拠になる。新たに村長あての感謝状も出てきたので、石垣市の行政区域として尖閣諸島をしっかり守っていきたい」と話した。玉津博克教育長は、2通を文化財に指定する考えを示した。  感謝状は、布(縦32.3センチ、横51.7センチ)に文字を書き、和紙(26.0センチ、33.8センチ)で裏打ちされている。豊川家から寄託された博物館は、劣化が進みやすいとして公開を制限していく。
  • タグ: 尖閣諸島
  • ページ移動

    キーワード検索フォーム