Category: 不連続線
知人からバンシュルをもらった。「息子の家の庭にたくさん実っているのだが、今の子供は食べないんだよ」との弁。現在はうまい果物や菓子、飲みものも種々あるから仕方のない話だろう▼私はただちにバンシュルにかぶりつき賞味して、その淡いピンク色、独特の高い香りにいろいろなことを思い出す▼少年時、野原を歩き、道ばたや畑のあぜにせいぜい5、6個ほどの実をつけた低い木を発見しただけでその日は一日幸福だった▼明治生まれの亡母など幼いころには山の奥にバンシュルの木を見つけると翌朝、早起きし父親と共にその場所へ急行しカシガー袋いっぱいの実を取り意気揚々と帰ったそうだ。誰かに先を越され悔しい思いをしたこともあったと楽しそうに話していた▼八重山民謡によく「クサディ」という言葉が出てくる。それは村の背後の豊かな自然を意味するのだろう。例えば繁盛節なら「黄金森クサディ田福前なし(黄金の森を背後に控え美しい田んぼを前にして)」とある▼クサディの森や山を心を込めて大切にすれば、その聖なる森や山が自然の豊かさを誰にでも恵んでくれていたのだ。何かを目的とした開発などはもってのほか。森や山、自然には目的意識はない。さればこそそれはいつまでも生命持続の源泉たり得るのである。(八重洋一郎)
コメントしてください。(
)