8月
11日
2010

核廃絶の潮流大きく

Category: 社説



沖縄、広島、長崎、15日は終戦記念日

■「核なき世界」へ加速
 65回目の「原爆の日」を迎えた広島と長崎で6日と9日、「原爆死没者慰霊式」と「平和記念式典」が相次いで開かれた。今年の平和記念式典は、オバマ米大統領の昨年4月のプラハ演説を受けて、世界で初めて日本に原爆を投下した米国からルース駐日大使が初参列。さらに海外から核保有国の英国やフランスなど過去最多の74カ国、それに国連の藩基文事務総長が初めて参列、「核なき世界」への流れが一段と加速したように見受けられる。
 その流れを確実にするには被爆国日本の今後の取り組みによるだろう。

 広島の秋葉忠利市長は平和宣言で日本政府に対し、「核なき世界」への積極的なリーダーシップ発揮と、核投下の米国の「核の傘」からの離脱、非核3原則の法制化を強くアピールした。
 これに対し菅首相は、核で何十万人という犠牲者を出した世界唯一の被爆国ながら、なお核抑止力の必要性を認め非核3原則の法制化も明確でない。
 一方で菅首相の諮問機関の新安保懇談会からは非核3原則のうち「持ち込ませず」は日米の“核密約”を追認して認めよう、武器輸出3原則も緩和しようという提言が予定されるなど、民主党政権の安保政策は、普天間で沖縄の期待も裏切っているように広島、長崎の被爆者の願いとは裏腹で危うい。

■八重山にも15人の被爆者
 石垣市は今年も9日の長崎の平和祈念式典に男女2人の中学生を平和大使として派遣した。これは平和を考える中学生の作文コンクール入賞者を対象に、石垣市が広島から始まり長崎へと10年以上も前から続けている事業。
 直接の原爆投下で広島は約14万人、長崎は約7万人が死亡した。その後広島の死没者は今年で27万人にまで増え、そして現在全国で約22万人の被爆者が後遺症で苦しんでいる。

 沖縄も9日現在233人(男155人、女78人)が被爆者登録され、八重山も男10人、女5人の60代から80代の計15人が、当時広島や長崎にいて被爆。65年を経て今なお、がんを発症するなど病魔に苦しめられている。当然その間に亡くなった人も少なくない。
 それだけにヒロシマ、ナガサキは沖縄・八重山にとっても決して他人事ではない。特に沖縄はそれ以前に、日本唯一の地上戦で20万人余の犠牲者を出しており、だからこそこの3県は全国どの県よりも平和への思いが強い。

■語り継ぐ大切さ
 6月23日の沖縄の慰霊の日、今月6日の広島、同9日の長崎原爆忌、15日の終戦記念日は私たちが決して忘れてはならない平和への誓い、決意を新たにする日である。
 確かに戦争体験者、被爆体験者が減るごとに急速に風化は進んでいる。しかし語り継ぎで風化に少しでも歯止めをかけたい。「平和学習」は子どもたちに理解されていないように見えるだろうが決してそうではない。わたしたちがかつてそうであったように子どもたちの心に戦争の悲惨さはしっかりと植えつけられているはずだ。先生方はたとえ戦争を体験していなくとも「教え子を再び戦争に送らない」という強い意志でがんばってもらいたい。

 石垣市は平和政策に力を入れてきた革新系市長に代わって保守系の市長が誕生した。同市長も「核なき世界」の流れを受けて前市長の「非核平和都市宣言」から一歩踏み込んで「核廃絶平和都市宣言」を公約、平和大使派遣も継続している。今後とも核廃絶や平和のうねりを逆流させないでほしい。

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