7月
29日
2010

懐しい言葉に出合った。『図書』(岩渡書店PR誌)…tweet!

Category: 不連続線



 懐しい言葉に出合った。『図書』(岩渡書店PR誌)「こぼればなし」欄に次のようなウェーバーの文が引用されていた▼「アブラハムだとか、また一般に古代の農夫たちだとかは、みな年老い生きるに飽きて死んでいったのである。というのは彼らはそれぞれ有機的に完結した人生を送ったからであり、またその晩年には人生が彼らにもたらしたものの意味のすべてを知りつくしていたからであり、かくてついにはもはや彼らが解きたいと思ういかなる人生の謎もなく、したがってこれに飽きることができたからである」▼迷妄のどん底にいた学生の頃、この文章を読み仰天した事を思い出す▼沖縄・八重山、人間の歴史、そして現代という状況においては外界は様々な棘となって私達をつき刺す。分断されコマ切れとなった時間。損得によって計算され尽くしたような政治経済、人間関係▼考えれば考えるほど絶望に直面するほかないが、しかし、もしかしたら我々の先祖はその深いところでは悲しみを悲しみとして心の芯で味わい、喜びを喜びとして歌い踊り、古代農夫のように有機的に完結した人生を生きたかも知れない▼ソーロンになればあの世から帰ってくるアンガマたちのあの賑わしさ、柔らかさを思うとついそんな錯覚にさえ陥ってしまう。(八重洋一郎)

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