3月
9日
2010

かつて沖縄は高校野球の弱小県だった…

Category: 不連続線



 かつて沖縄は高校野球の弱小県だった。それがいまは全国が一目を置く。甲子園に出場する県代表チームの活躍はめざましい。深紅の優勝旗も海を渡り、全国の高校野球チームが沖縄の指導法に大きな関心を寄せている▼その中でも監督や部長が強く意識しているのが石垣市だという。4年前に甲子園旋風を巻き起こした八商工の快進撃が、指導者に強烈なインパクトを与えたようだ▼古豪校は特待生として全国から有力選手を集め、猛練習を重ねて甲子園の舞台を踏むというのが大半。他に依存せずに地元の子どもたちを育てあげ、夢を実現させるというのは厳しい道のりだからだ▼横浜隼人高校の水谷哲也監督は「石垣には野球の神様がいる」として、3年前から石垣島合宿を行っている。地元3高校との練習試合を通して指導法を確認、吸収しているようだ▼先に慶應義塾高校野球部が市で合宿を行ったが、きょうから今月末にかけて作陽高校など7校が日本トランスオーシャン航空のバックアップで次々と石垣入りする▼監督の中には春、冬のキャンプ継続を希望している人もいる。生徒たちが刺激し合い、成長することを望んでいる。市の取り組み次第で高校野球の一大キャンプ地とすることも可能だ。球児が遠征すれば、親の関心も高まる。その効果は絶大だ。(黒島安隆)

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