2月
28日
2010

読めるのにうろ覚えで書けない漢字が増えた…

Category: 不連続線



 読めるのにうろ覚えで書けない漢字が増えた。それだけに各種申請書や病院の問診票なども、できるだけ○×の選択式であればいいのにと願ってしまう▼書けなくなった最大の原因は、ワープロ(パソコン)の出現。コンピューターには、膨大な辞書が入っていて多種多彩な漢字をさっと例示し便利この上ない。そこで形がいいからと書けもしない漢字をつい選んでしまう▼その反動は手厳しい。先日も病院の問診票で既往症を問われ、潰瘍という字が思い出せなくて「かいよう」と書いた。どうもひらがなでは、病気らしくないので受付で辞典を借りるか携帯電話辞書で調べて書けばよかったと思った▼続いて来院の目的では、胃部の違和感と書くところを「異和感」と書いてしまった。その問診票を見ながら予診、診察に当たった看護師も医師も私の訴える「異和感」を文字通り真剣に受け止め診断してくれた▼病は、当人の違和感がとても大事で、即申し出ることが早期治療に結びつきます。どうぞ「異和感」のある時は、病院へ足を運んで下さいと何度も強調されるので漢字の誤りはともかく、うれしくなった▼さて口当たりのいい選挙公約への違和感はどうしたものだろう。有権者は投票で意思を表示、公約違反に対しては、つど違和感を訴え続けるしかない。(仲間清隆)

関連記事

powered by weblio


トラックバック コメント
SBMへ投稿:

固定リンク:http://www.y-mainichi.co.jp/news/15509/


トラックバック

PING URI

トラックバックしてください。

この記事のURL(http://www.y-mainichi.co.jp/news/15509/)が含まれていないトラックバックは反映されるまでに時間がかかります.また,記事の内容と関係ないブログからのトラックバックは反映されません.

コメント

そうだよね。
読めるけど書けない。
だいぶ前からそう思ってる。
それでも意思の疎通はできるからとかいって自分を納得させてるが・・・
まぁ、それはそれとして、
今日の”ならさ”の記事について一言。
ならさがどうかは知らないが、自分の知るあの世界では、今回のような行動は”善意の押し付け”でしかないという認識なんだな。
プレゼントをする側は、良かれと思ってやってるかもしれないが、もらう側はそんなにうれしい事でもない。
個人的にでは有るが、どっちかと云えば迷惑。
一番問題なのは、
”どんな事”であれ人に”親切”にされたら感謝の意を表さなければいけない事。
即ち、親切の押し付けと、それに対する感謝の押し付け。
職員はともかく、そこに居る児童たちにも押し付けられる。
感謝の強制が良いとは思えない。
自分の知る世界では、”親の無い子には何の権利も無い”とは云われてるが、一般家庭で同じ事があった時、親も子も感謝するだろうか。
善意で何かしたい人はその辺も考えてほしい。
子供たちも中学生くらいになれば、いろんな個性や価値観が有る。
感謝の心は大事だが、それは強制されるべき物ではないだろう。

それと、食育がどうとか云われてる昨今インスタント食品ってどうなんだろうか。
施設長も、”子供たちはインスタントが好きだから喜びます”って本心なんだろうか。

mayunganasi: [2010年2月28日12:37:26]