2月
3日
2010

悲願の初V称える

Category: 社説 Tag: 駅伝



沖縄一周駅伝、33年目で初めてつかんだ栄冠

 沖縄本島を2日間でほぼ1周する第33回沖縄一周市郡対抗駅伝大会(県陸上競技協会主催、県教育委員会、琉球新報共催)でついに八重山が沖縄の頂点に立った。33回目でつかんだ初の栄冠、快挙だ。島尻勝人監督は「先輩たちから受け継いできた夢がようやくかなった。チームワークの勝利だ」と涙を浮かべて悲願達成を喜んだ。

■チームワークの勝利
 確かに遠い遠い道のりを経ての「沖縄一」だ。郡民挙げて歴代の選手はじめ役員、スタッフ、そしてこれまで八重山選手団を支えてきたすべての関係者の労苦に感謝し、その上で今回悲願の初V、快挙を達成した選手・役員らのがんばりを称賛したい。

 振り返れば八重山勢は、これまで下位で一進一退を繰り返しながら出場を続けてきたが、ここ数年は着実に力をつけ、一昨年、昨年は過去最高の連続3位をキープしてきた。そして今回はそれを上回る2位が目標だった。
 しかし、島尻監督ら首脳陣は2位を目標にしながらも、心ひそかに思っていた。「チームにはずば抜けた力の選手はいないが、一人ひとりの力は着実に上がっており、総合力でひょっとしたらミラクルがあるぞ」と。結果はまさにその通りとなり、2日間の長丁場の過酷なレースで、チーム一丸最高の走りを見せ、沖縄一周市郡対抗駅伝史上に初めて八重山の歴史を刻んだ。

■八重山マラソンクラブ
 八重山の中長距離界は八重山マラソンクラブ(島尻勝人会長)が、小学生から一般まで対象に毎月記録会を開いて一貫した地道な選手育成に努めるなどけん引し、その功績は同クラブがこれまで合言葉にしてきた今回の悲願達成でますます輝きを増した。

 沖縄一周市郡駅伝大会には毎回県内から14市郡が出場するが、今回2位の国頭郡や3連覇を目指したうるま市、沖縄市など本島勢の力がずば抜けており、八重山は離島のハンディもあって悲願達成の壁は極めて厚かった。
 大会には毎回50人近くの選手・役員が派遣されるが、旅費は自己負担と寄付が頼り。役員らは毎回選手集めだけでなく、多くの人々に寄付を仰ぎ資金集めにも相当苦労している。そうした中での初の大会制覇は、それだけ非常に価値あるものといえよう。

 同じ離島の宮古は、20年も前に既にこの大会を制し、さらに本土復帰以前に都大路にも出場を果たし素晴らしい快挙を遂げている。八重山はその宮古に今回遅ればせながら追いついた。これからは常時県のトップを目指すことになるが、その素地は十分ある。

■初Vのたすきを都大路へ
 かつて宮古は「宮古農林」を中心に“駅伝王国”を誇っていた。八重山も近年は大いに盛り上がっており、まずはこの悲願の初優勝のたすきを次は八重山高校の全国高校駅伝大会出場、いわゆる京都の都大路につなぎたい。

 去る1月の県新人大会で八重山高校は男女とも2位となり、一昨年に続いて再び悲願の都大路初出場を射程圏にとらえた。特に女子は1位のコザと23秒差だった。そこに全国都道府県女子駅伝で県代表になった市内の女子中学生が八重山高校入学を希望し、限りなく可能性、期待は高まっている。

 今回の快挙達成に本社主催の駅伝大会が果たした役割も少なくない。さらに都大路を目指したかつてのメンバーや高校生がチームの大きな刺激となったのは確実だ。この盛り上がりを今年12月の都大路出場、来春の沖縄市郡対抗2連覇に次々とつなぎ、そして「駅伝王国八重山」へとつなぎたい。

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