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八重山古謡の新たな旅立ち

失われゆくユンタ、ジラバ、アヨウ
■古謡は八重山人の心の発露  私たち八重山の先達は、過酷な人頭税、毎年のように襲来する台風、干ばつや明和の大津波のような大きな災害に堪え、それを乗り越えながら、優れた文化遺産を今日に残してくれた。中でも、ユンタ、ジラバ、アヨーなどおのずと心からわき出る歌によって、日々の悩み、苦しみ、喜びを表現してきた。  我が国最南端の亜熱帯地域、450年にわたって独立国家であったこと、独自の言語や音楽など、歴史的、文化的特性を有する沖縄の中にあっても、八重山は個性豊かな文化をはぐくんできた。  ユンタ、ジラバ、アヨー、節歌など生活の隅々にわたって、苦しいにつけ楽しいにつけ、八重山の人々は歌を口ずさみ、美しい言葉を紡いできた。流麗な旋律、悠然としたリズム、品格に満ちた歌言葉は、八重山の人々が大切にはぐくんできた貴重な文化遺産であり、私たちが誇りに思っていることである。  明治以降、御冠船の流れをくんだ旧士族の手によって、沖縄芝居や雑踊りが盛んにつくられ、琉球芸能が大衆化するが、くめどもつきない源泉となったその多くが、八重山の節歌やユンタ、ジラバであった。鳩間節、小浜節、とぅばらーま、しょんかね、安里屋ユンタなどが姿を変え、沖縄の芸能文化に新鮮な息吹を吹き込んできたのである。そして、今日に至っても、琉球舞踊や沖縄芝居に八重山の音曲が数多く使われている。 ■いつまでも歌い継いでいくために  しかしながら、歌を支えてきた生活のありさまが大きく変わり、日常的に話されてきた八重山の島言葉は、一部の地域を除いて私たちの生活から姿を消しつつあり、ユンタ、ジラバなどの古謡は、残念ながら目に見えて失われている。言葉とともに、八重山文化を支えてきた大きな底流を流されるにまかせてしまっては、もう再現は不可能であろう。  一方で、失われつつある沖縄の文化を守り取り戻そう、という真摯(しんし)な動きも幾つかある。(財)沖縄県文化振興会が進めている「沖縄古謡保存記録事業」は、生活に根ざして歌い継がれてきた貴重な古謡を正しく保存継承し、次の世代へ引き継ぐことを目的として進められている。  私たちの先達が創造し残してくれた美しい歌の数々を後世に正しく伝えることを目的に進められているこの事業は、県内を八重山、宮古、本島南部、本島中部、本島北部の5地域に分け、各地に伝えられてきた古謡を収録する、という趣旨で平成18年度から進められている。「沖縄の古謡―八重山諸島編―」上巻が完成し、引き続いて八重山編の中巻、下巻を編集中と聞く。 また、来る3月13日に浦添市のてだこホールで、沖縄の古謡コンサート「黒潮が繋ぐ島々の古謡」と題する沖縄県主催の文化振興事業が計画されている。奄美大島から沖縄本島、宮古、八重山を歌でつなごうという企画である。 ■八重山文化の源泉  八重山においても、昨年11月には、第15回「石垣市民俗芸能振興大会」が開催され、各地の代表的な古謡が披露されるなど、県内の他の地域に比べると、比較的活発な取り組みが見られるものの、伝承者の高齢化、インターネットや交通網など交通通信機関の急速な発展によって、生活レベル、言語、人々の意識が急激に画一化されている今日、さらに保存継承を図るには、住民の皆さんと行政一丸となっての取り組みが不可欠であろう。  旋律の分かりやすさと深さ、鋭い観察から生まれる的確で直截(ちょくさい)な表現、巧まざるユーモアが現在の私たちに語りかけてくれる古謡の世界をいま一度見直すとともに、くめども尽きない八重山文化の源泉として改めて見直したい。  2010年寅(とら)年を、八重山文化の新たな旅立ちの年にできるよう、我々地域住民、行政、マスコミも含めて、前向きで確固とした取り組みを期待したいものだ。

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