八重山諸島のニュース・石垣島・竹富島・西表島・新城島・小浜島・黒島・波照間島・与那国島

エントリー

なぜ駐車場なのか

役所の事業はだれがどのように決めるのか
■歴史遺産の蔵元跡  八重山支庁跡地の蔵元跡で駐車場の整備工事が進んでいる。10月末には約100台収容の駐車場が完成する。しかしそれにしても同跡地は、「かつての琉球王府の蔵元跡であり、歴史遺産として後世に大事に残すべき」として八重山支庁が現在地に移転後の1996年6月、石垣市教育委員会が当時の早稲田大学教授を会長に県内外の学識経験者7人で八重山蔵元跡整備委員会を設置、跡地利用を検討してきたはずなのに、なぜそれが10年余を経て駐車場になったのか。  それは一時的に空き地を利用する暫定的なものなのか、それとも半永久的に駐車場とし、かつての歴史遺産構想は消えたのか。それなら大事なこの歴史遺産の跡地利用を誰がどのように計画変更し、駐車場にすることに決めたのか。その決定過程とともに石垣市や竹富町、与那国町など役所のこうした事業は誰がどのようにして決めるのかも知りたいものだ。 ■跡利用もっと論議せよ  同駐車場整備は、中心市街地活性化のための都市再生整備計画に基づいて石垣市が、国交省のまちづくり交付金事業を導入して着手されている。そして整備のあり方も蔵元跡の歴史が感じられるようにと、アスファルトなどでの面整備は行わず周囲を石積みにし、駐車場前のバス停も一般市民らの公開空地としてベンチを置くなどそれなりの配慮はされているようだ。  しかし同まちづくり事業でも蔵元跡地は「商業施設」として整備計画が示されていたが、その商業施設とはこの駐車場のことだったのか、あるいは別の計画があったのか。  96年に発足した蔵元跡整備委員会は99年7月までに計3回の委員会を開いているが、「蔵元復元」など跡利用について何らの結論は示されず、そのまま自然消滅している。その間現在まで同跡地は中央商店街の駐車場として利用されてきたが、今回事業を導入して正式に整備されることになった。  そこで思うに同跡地はこのまま駐車場として活用していくのか、歴史遺産として後世に残すためかつての蔵元を復元するのか、あるいは商店街活性化のために防災面も含めて駐車場も備えた歴史公園とするのか、跡地利用はもっと市民を交えての論議が必要だ。 ■にぎわう真栄里公園  役所の事業決定に関しては、運動公園南側のトックリキワタの街路樹や市民から評判の芳しくない商店街の「青い道路」など、疑問に思うものも少なくない。樹木自体からとげが出て危険な上に、時期になると綿が飛散するトックリキワタを誰が街路樹に決定したのか。しかもこれらの管理に余計に費用が発生したなら、こうした事業の選定責任は当然あるべきだろう。  さらにいえばインターハイなど全国的な大会の種目は、一体どこで誰が決めているのだろうか。八重山の関係者は種目選定にまったく関与していないのか。かつての海邦国体の軟式野球がそうだが、八重山は宮古などと比べるとマイナーな種目が選定され、全国大会の割に今一つ盛り上がりを欠く。  こうして考えると、事業によっては事前に概要を公表し、市民の意見を求めることも必要だろう。  その点真栄里公園は、事業実施前に周辺住民にアンケート調査して整備された。現在同公園は市内公園の中でもっともにぎわいをみせている。市民意見が反映された好例といえるだろう。各種事業にそういう「市民協働のまちづくり」と事業の透明性を望みたい。

関連するニュース

  • 関連するニュースはありません。

ページ移動

キーワード検索フォーム