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130年前の1879(明治12)年4月4日…

 130年前の1879(明治12)年4月4日、明治政府は、琉球藩を廃止、沖縄県とする「廃藩置県」を布告した。いわゆる琉球処分である▼それに先立って処分官の内務大書記官・松田道之は琉球藩に首里城の明け渡し、藩王の上京、土地・人民の引き渡しを命じ処分を強行した。そして3月29日には藩王・尚泰が首里城を退去させられた▼琉球の廃藩置県は、明治政府の警官・歩兵など数百人による武力威嚇をもって実行された。八重山でも同年の4月19日に渡辺処分官らが来島し、翌20日には松田処分官の告諭が読みあげられる▼内容は「廃藩置県になったこと」「琉球藩は古来日本国の属地であり、天皇陛下の臣民として政令に従うこと」などである▼それに対して八重山の役人は、「元祖以来、琉球国王に恩があり、廃藩になったからといって天皇に奉公はできない」と反発し、住民もまじえて暴動寸前までいったが、在番の説得でおさまった。その後、天皇への忠誠の誓約書を入れた在番の一人は、良心の呵責(かしゃく)に耐えかねて海に身を投げる▼こうした歴史から私たちは何が学べるのか、振り返り考えることもまた、未来を構築するためには大事である。過去の不幸な歴史は忘れて明日に向かおうと言い方にも一理ある。だが、それだけで良いわけはない。(砂川哲雄)

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