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秋の祭祀

着実な継承をめざして
■農耕とかかわり  暑い夏が過ぎ秋風が吹く季節に、島や村をあげての祭祀(さいし)が行われる。結願祭、種子取祭、節祭がそうである。いずれも年中行事の中では規模が大きく、はなやかさを持った祭祀である。  八重山に伝わる祭祀は、そのほとんどが農耕とかかわりを持っているといってよい。稲、粟、麦などの穀類を中心とした播種、物忌精進(ものいみしょうじん)、収穫などの時期を定め、村人が全身全霊をかけてとり行ってきた。農作物の出来不出来は死活問題であったからにほかならない。  時がたち職業の多様化で、農業一点ばりから脱したこともあって、祭祀も形骸化してきた。たしかに農作物への集中度は希薄になったが、島や村で人が生きていくということに変わりはない。豊作祈願の心は生活の変化があったとしてもバックボーンをなしているのである。  秋に行われる祭祀は種子取祭をのぞけば、農耕と直接的なかかわりはない。結願祭はこれまでやってきた儀礼の総まとめ的なものであり、節祭は年がわりにあたる折目の儀礼である。 ■結願祭と節祭  結願祭は年中行事に位置づけしているところと、干支の一まわりで12年に1度というところなどがある。結願祭はこれまでのまとめということもあって、めでたく大団円を迎える要素が強い。したがって結願祭には芸能が集中しており、結願祭を見ればその島や村の芸能が把握できるとさえいわれている。  一方節祭は年の折目の儀礼として、かつては八重山一円で行われていたが、暦の都合でしだいに衰微していき、今ではごく退られた地域で実施しているにすぎない。石垣島川平、西表島祖納、干立、船浮などである。  川平では来訪神マユンガナシィ迎えに始まり、5日間行う。祖納、干立、船浮では神迎えの舟漕ぎ、アンガー踊りなど多彩な演目を持つ一大絵巻を思わせるにぎにぎしさがあり、3日間行う。  人間がかかわっている以上、祭祀にも消長がある。人口減少の地域では祭祀をとり行うことがむずかしくなっている。義務教育を終え進学のために島を出る若者たちは高校、大学を卒業しても、ほとんど島に戻らず都市地区で就職してしまう。当然、小中学校の児童生徒と高齢者という村の構成は、いろいろな意味でバランスを欠くことになる。 ■島文化の原点として  祭祀において村人の喜びと神への感謝を示す奉納芸能、棒技、獅子舞、旗頭、舟漕ぎなどはできない状態になる。祭祀には敬虔(けいけん)な祈りと村をあげての力強い行動が不可欠であることはいうまでもない。しかし過疎地では簡略化を余儀なくされたり、まったく行動を起こせない状況におちいることが多々ある。このような地では祭祀の力がなくなり、ついには消滅に追いこまれていく。  島や村では祭祀に一時帰郷する若者をあてにして、どうにか続けているところもある。現時点で不足があったとしても、いつの日か本来の姿に戻ることができるという夢を持ってのことであろう。  祭祀にはその地域でなければ味わうことのできないものがある。その特有の個性は一朝一夕にできたものではなく、気の遠くなるような歳月をかけて築かれてきたものである。  島や村にある祭祀は八重山文化を特徴づけ支えているものであることを理解し、祭祀の消滅は文化の消滅にほかならないことを知っておきたい。
  • タグ: 伝統行事種子取祭節祭結願祭
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