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西表「鹿川ウブドー遺跡」を発見 下田原期、無土器期1カ所で確認

貝珠が出土、波照間への物流拠点?
 先島地域の先史時代を特徴付ける下田原期とそれに続く無土器期の文化層を1カ所で確認できる土層が西表島鹿川で見付かり、町教委は3日、新発見の遺跡「鹿川ウブドー遺跡」として発表した。下田原期とみられる文化層からは貝珠(かいじゅ)と呼ばれる直径約7ミリの貝製品1個が見付かった。八重山の考古学に詳しい金武正紀・石垣市市史編集委員は「下田原期が古く、無土器期が新しいことがあらためて明確に証明された。非常に重要な遺跡」と話している。  八重山諸島では縄文土器や弥生土器は見付かっておらず、先史時代は下田原式土器で特徴付けられる下田原期(紀元前4000―3500年)で始まり、貝斧(かいふ)や石斧(せきふ)が出土する無土器期(紀元前2000年―12世紀前半)へ続くとされる。  下田原期から無土器期への移行を示す遺跡としては石垣島の大田原遺跡(下田原期)と神田貝塚(無土器期)などがあるが、いずれも、近接している遺跡・貝塚を照合することによって両期の移行を確認していた。  鹿川ウブドー遺跡は両期の文化層が重なり合っており、町教委は「1つの遺跡で2時期の堆積状況が確認されるのは極めて重要」としている。  下田原期に位置する波照間島の下田原貝塚では、同島に生息しないイノシシの骨が出土しており、西表島との往来が考えられてきた。町教委は「鹿川湾が西表島のなかで最も波照間に近い湾。鹿川ウブドー遺跡が西表島における下田原貝塚への物流拠点だった可能性もある」としている。  町教委によると、鹿川地区では、今年6月に下田原式土器が見付かり、町教委が7月8日と9月20―23日に調査。  地表から試掘した結果、地下1メートル付近から厚さ80センチの黒色土層があり、その下にある約80センチの層を挟んで、同30センチの灰褐色土層があった。  無土器期とみられる黒色土層からは貝殻や焼け跡のある石、下田原期とみられる灰褐色土層からは貝珠が見付かった。
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