8月
13日
2008

戦争にあるのは滅亡だけtweet!

Category: 社説 Tag: 原爆



沖縄戦、広島・長崎原爆忌、そして終戦記念日

■63回目の“夏”
 標題の言葉は9日の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典の平和宣言で田上富久市長が引用した、医師として自らも被爆しながら救護活動に尽力した故永井隆博士の「戦争に勝ち負けはない。あるのは滅びだけだ」の言葉だ。さらに加えて戦争にあるのは、ごく普通の人々をも殺人者へと駆り立てる「狂気の世界」であり、常にわたしたちが心しなければならない警鐘といえよう。

 6月23日の沖縄の慰霊の日、今月6日の広島、9日の長崎原爆忌と続いてきた戦没者、被爆者、そして遺族らの悲しくもはかない63回目の鎮魂のセレモニーの夏は、15日の敗戦記念日でピークを迎える。
 わたしたちはこうした一連の慰霊祭の中で、平和への決意を新たにしてきたが、それが世界平和の象徴ともいえる北京でのオリンピック開催のさなかにあっても、イラクやアフガンなどでは依然戦闘が続き、さらに同じ中国の新疆(しんきょう)ウイグル地区で爆弾テロ、そして今度は新たにロシアとグルジアの軍事衝突が勃発、2000人以上が死亡したと伝えられるなど、世界ではわたしたちの願いとは裏腹な状況が頻発している。
 こうした状況にただむなしさが募るばかりだが、それでもこの地から地道に平和を追い求める努力を続けたい。

■全国で焼夷弾の嵐
 戦争被害といえば20万人余が犠牲になった沖縄と、原爆投下の広島、長崎が大きく伝えられるが、第2次大戦では全国で多くの人々が犠牲になっているのである。終戦記念日の政府主催全国戦没者追悼式は軍人・軍属約230万人と空襲や原爆投下、沖縄の地上戦で死亡した一般市民ら約80万人の計約310万人を対象に行われている。
 終戦前年の1944年末ごろから熾烈化した連合国軍による空襲は東京、名古屋、大阪、神戸、京都の主要都市ばかりでなく、10月10日の那覇空襲はじめ、日本全国の地方都市も軒並みB29が襲ったのである。それは広島、長崎への原爆投下でも日本軍が降伏しないため、15日の終戦の日前日の大坂はじめ当日未明の埼玉熊谷、秋田土崎などと連日続いたようだ。

 東京は106回の空襲を受けたが、特に3月10日の大空襲では、米軍はあえて木造家屋の多い下町を狙って、しかも人々が寝静まった未明にB29から焼夷弾を雨・あられのように投下、東京の3分の1を焼き尽くしたという。この結果死者不明は10万人余に上り、隅田川にはおびただしい数の死体が川面にあふれたという。これこそまさに戦争のなせる狂気といえよう。 

■何もしなくていいのか
 空襲では名古屋も8000人余、大阪は6000人弱、神戸9000人弱がそれぞれ犠牲になり、名古屋城も焼失した。
 このように全国で多くの犠牲者を出しているが、なかなか全国的に大きな反戦のうねりが出てこないのはどういうわけだろう。東京はじめ各地でそれぞれ慰霊祭が行われているのであろうが、沖縄や広島、長崎、そして終戦記念日の全国戦没者追悼式のようになかなかメディアから伝わってこない。

 戦後も63年を数えて激戦地だった沖縄も風化は深刻になるばかりだ。原爆被爆者が平均75歳を過ぎたように戦争体験者の“語り部”も少なくなっている。そんな中で全国で地道に活動している人は少なくないし、活動はしていなくとも平和を願わない人は恐らくいないだろう。しかしただ願うだけで無関心に何もしないではいまの平和が守れないのもまた確かだろう。

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