
【竹富島】第47回竹富町戦没者追悼式が23日午前10時から、「竹富町出身戦没者慰霊之塔」の前で行われた。
大盛武町長は「家族や友人などの多くの人が亡くなり、大きな悲しみを与えた沖縄戦から63年たった今でもその傷が癒えることはない。八重山では戦争マラリアにより、幼い子どもも含め尊い命が失われた。2度とこのような悲惨な戦争が起きないよう、事実と教訓を後世に正しく伝えていきたい」と追悼の言葉を述べた。
続いて、竹富小中学校(石垣安志校長、児童生徒数35人)が平和への願いを込めて「月桃の花」を合唱し、生徒を代表して仲村渠昌彰君(中3)が「この沖縄で恐ろしい戦争があったことを忘れず、平和の時代に生きる人間として、責任を持って戦争の恐ろしさや悲惨さなどを伝えていきたい」とあいさつした。
このあと、通事隆一町議会議長や宇根勝末竹富公民館長、戦没者遺族、一般参列者らが焼香し、戦没者の冥福を祈った。
父親を戦争で亡くした佐加伊ハツさん(94)は「父は戦争にかり出され、サイパンで戦死した。大切な人が死んでしまう戦争はとてもつらい思い出。今はかわいい孫たちの笑顔を見ることができて幸せだが、この子たちが戦争に巻き込まれてしまったらと考えたら、胸が締め付けられる。2度と戦争は起こしてはならない」と話した。
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