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タグ「慰霊祭」の検索結果は以下のとおりです。

明和大津波遭難者慰霊之塔を清掃 八重山ライオンズクラブ

明和大津波遭難者慰霊之塔敷地の植栽マスに花の苗を植え付ける参加者ら==30日午前、宮良タフナー原明和大津波遭難者慰霊之塔敷地の植栽マスに花の苗を植え付ける参加者ら==30日午前、宮良タフナー原
花の苗500鉢補植
ボーイスカウトも参加
 八重山ライオンズクラブ(高木正敏会長)は30日、ボーイスカウト石垣第一団(我喜屋隆団委員長)とともに、4月24日の慰霊祭に向けて宮良タフナー原の明和大津波遭難慰者慰霊之塔の草刈りや清掃を行った。同クラブが植え付けた百合の花の手入れに加え、マリーゴールドやコスモスなど花の苗500鉢を新たに植え付けた。  塔周辺の環境美化と青少年育成を目的に、同団の子どもたちに明和の大津波の歴史に触れてもらお...
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忘勿石之碑で慰霊祭 平田さんの思い受け継ぐ

1945年に西表島へ強制疎開させられた波照間島民の冥福を祈り、献花する参列者ら=15日午後、西表南風見田海岸1945年に西表島へ強制疎開させられた波照間島民の冥福を祈り、献花する参列者ら=15日午後、西表南風見田海岸
 【西表】太平洋戦争末期の1945年に波照間島から西表島へ強制疎開させられ、マラリアなどで亡くなった犠牲者の冥福を祈る忘勿石之碑慰霊祭(同碑保存会主催)が「終戦の日」の15日、西表南風見田海岸にある碑の前で行われた。疎開当時、同海岸で子どもたちに授業をした波照間国民学校校長の故・識名信升氏の孫、信克さん(52)=石垣市字石垣=らが参列した。ことしは保存会会長だった平田一雄氏(当時83歳)が昨年1...
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大浜でアカハチ慰霊祭 遺徳偲び精神を受け継ぐ

司と一緒に合掌する参列者たち=30日午後、崎原公園内のアカハチ慰霊碑前司と一緒に合掌する参列者たち=30日午後、崎原公園内のアカハチ慰霊碑前
 大浜村の英雄、オヤケアカハチの遺徳をしのぶアカハチ慰霊祭(大浜公民館主催)が30日午前、崎原公園内の慰霊碑前であり、公民館役員や大浜小学校の児童、地域住民らが参列した。  慰霊祭では参列者全員で合掌した後、長浜寛館長が「アカハチの遺徳を偲び、精神を受け継いでいきたい。児童の皆さんにはたくましさや偉大さを学んでほしい」とあいさつ。  大浜老人クラブ長寿会の前津栄昭会長は「アカハチのように...
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戦争マラリアの悲劇後世に 西表島

忘勿石之碑慰霊祭で犠牲者の冥福を祈り献花した故・識名信升氏の孫の信克さんとひ孫にあたる信輝君=15日午後、西表南風見田海岸忘勿石之碑慰霊祭で犠牲者の冥福を祈り献花した故・識名信升氏の孫の信克さんとひ孫にあたる信輝君=15日午後、西表南風見田海岸
忘勿石之碑で慰霊祭 故・識名校長の孫ら平和願う
 【西表】太平洋戦争末期の1945年に波照間から西表へ強制疎開させられマラリアなどで亡くなった犠牲者の冥福を祈る忘勿石之碑慰霊祭が「終戦の日」の15日、西表南風見田海岸にある同碑前で行われた。慰霊祭を主催する同碑保存会の平田一雄会長(82)や疎開当時に同海岸で子どもたちに授業を行っていた波照間国民学校校長の故・識名信升氏の孫やひ孫らが訪れ、犠牲者を悼みながら恒久平和を願った。  正午から始ま...
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尖閣近海の平穏願う 慰霊祭で犠牲者の冥福祈る

尖閣列島戦時遭難事件の犠牲者の冥福を祈った遭難者遺族会の慶田城用武会長=3日午後、石垣市新川尖閣列島戦時遭難事件の犠牲者の冥福を祈った遭難者遺族会の慶田城用武会長=3日午後、石垣市新川
「尖閣列島戦時遭難事件」
 1945(昭和20)年7月3日に尖閣諸島近海で、石垣から台湾向けの疎開船2隻が米軍機の銃撃を受けて多数の犠牲者と遭難者が出た「尖閣列島戦時遭難事件」から71年目を迎えた3日、遭難者遺族会(慶田城用武会長)は新川の舟蔵にある慰霊碑前で慰霊祭を行った。慶田城会長(73)は、尖閣を取り巻く情勢に懸念を示しながら「尖閣近海が平穏であることを願っている」と述べ、犠牲者の冥福を祈った。  約50人が参...
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米軍飛行士の冥福祈る 「石垣島事件」15回目の慰霊祭

米軍飛行士3人の冥福を祈る参列者=15日午前、米軍飛行士慰霊碑前米軍飛行士3人の冥福を祈る参列者=15日午前、米軍飛行士慰霊碑前
 太平洋戦争中、日本海軍の爆撃を受けた米軍機が石垣島に不時着し、乗っていた米軍飛行士3人が殺害された「石垣島事件」の慰霊祭が15日、富崎にある米軍飛行士慰霊碑前で行われ、慰霊碑建立期成会(識名信用会長)の会員らが3人の冥福を祈った。  慰霊碑は2001年8月15日に建立され、慰霊祭はことしで15回目。  石垣島事件について本にしたいと取材に訪れたエルドリッジ研究所(北谷町)のロバート・D...
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戦後70年 節目の慰霊祭 遺族、後世に伝える決意新た

慰霊碑の前で焼香し、涙を流す生還者の宮良和子さん=3日午後、尖閣列島戦時遭難死没者慰霊之碑前慰霊碑の前で焼香し、涙を流す生還者の宮良和子さん=3日午後、尖閣列島戦時遭難死没者慰霊之碑前
尖閣列島遭難事件 犠牲者の冥福祈る
 1945(昭和20)年7月3日に尖閣諸島近海で疎開船2隻が米軍機の銃撃を受けるなどして多数の犠牲者を出した尖閣列島戦時遭難事件で、遭難者遺族会(慶田城用武会長)は3日、新川舟蔵の慰霊碑前で慰霊祭を行い、参列者が犠牲者の冥福を祈った。戦後70年目の慰霊祭で生還者は「日々の幸せに感謝している」とあらためて平和の尊さをかみしめ、戦後生まれの遺族は「毎年参加したい」と後世に伝える決意を新たにした。 ...
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尖閣列島戦時遭難事件から69年目

尖閣列島戦時遭難死没者慰霊之碑に向かい、手を合わせる遺族ら参列者=3日午後2時すぎ尖閣列島戦時遭難死没者慰霊之碑に向かい、手を合わせる遺族ら参列者=3日午後2時すぎ
戦時遭難者の冥福祈る 遺族会「慰霊碑は平和の砦」
 1945年7月3日、最後の疎開船として石垣港から台湾に向かっていた2隻が米軍の機銃掃射を受け、多数の犠牲者を出した「尖閣列島戦時遭難事件」から69年目を迎えた3日、尖閣列島戦時遭難者遺族会(慶田城用武会長)は、新川舟蔵にある死没者慰霊之碑で慰霊祭を行った。遺族や関係者らが参列し、犠牲者の冥福を祈ったほか、慰霊碑が平和の砦(とりで)となるよう願った。  慰霊祭では桃林寺住職による読経の後、参...
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