八重山諸島のニュース・石垣島・竹富島・西表島・新城島・小浜島・黒島・波照間島・与那国島

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カテゴリー「不連続線」の検索結果は以下のとおりです。

8月1日は「観光の日」。郡内の空、離島航路の玄関口では…

 8月1日は「観光の日」。郡内の空、離島航路の玄関口では、3市町の観光協会関係者らが、パイナップルや黒糖、クバの葉餅など、各地の特産品を来島した観光客らに提供し、島をPRした▼昨年、石垣市の観光は入域観光客が過去最高の138万6000人、観光消費額は850億円余と絶好調。ことしも5月末時点、入域で前年比約3万6000人(6・9%)、消費で25億円(7・5%)増と、好調そのものだ▼夏休みに入り、8...
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きょうから8月がスタート、炎暑の季節である。…

 きょうから8月がスタート、炎暑の季節である。水を使う量が1年で最も多いということなどから、一日は「水の日」、この日を初日とする一週間を「水の週間」として、水の貴重さを考える行事が行われる▼水は生活で欠かせないもの。一方で雨が降らなければ干ばつで断水、ひとたび集中豪雨となれば道路損壊、住民避難の水害発生と、生活に大打撃を与えるなど、自然の力を侮ってはいけないことを教えてくれる▼夏と言えば、やはり...
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昭和53年の交通方法変更、いわゆるナナ

 昭和53年の交通方法変更、いわゆるナナサンマルから40年。米軍政下の「車は右」から「左側通行の日本」になった日である。復帰の「世替わり」の総仕上げだった▼当時の石垣は車両が少なく交通信号機も文館角に1基だけ。農村部ではまだまだ馬車が健在なのどかな時代。そんな島々にも世替わりは容赦なく、たった一夜の通行禁止で右から左へ▼その頃のさる若者の話である。人は若いというだけで可能性に満ちている。一方で無...
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かつて、ナンタ浜に船が着くと、与那国島の

 かつて、ナンタ浜に船が着くと、与那国島の女は草履を砂浜に並べ、船から降りてきて男がその草履をはくと、妻同然に世話をした—。「与那国の情け」を表すエピソードとされたお話だ▼与那国町で戦後初の女性町議となった3人のうちの一人、故・玉城喜美代さんは「こんなことがあるはずがない」と怒っていた。与那国の女は男を選ばないという誤解につながり、我慢ならなかった▼玉城さんの実体験はこうだ。玉城さん一家はかつて...
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朝の5時起きが続いている。募集中の新聞配達員が…

 朝の5時起きが続いている。募集中の新聞配達員が確保されるまで、宮良湾沿いの配達を頼まれた。普段は自転車と徒歩。雨の日は自動車。自転車と自動車では新聞受けまでの徒歩量の違いがあり配達所要時間は、なぜか同じ▼区域は観光と移住でにぎわう近年の島の縮図。ホテル2、民宿2、海洋レジャー事業所が9カ所も。宮良川のカヌー体験は他地区からも参入、あらためて知った過密競合状態。他に老健施設や保育所、ピザ、お好み...
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箱の隅をつつくな、とお叱りを受けそうだが、…

 重箱の隅をつつくな、とお叱りを受けそうだが、やはり重大な問題をはらんでいると思うので、書き留めておく。「真実は細部に宿る」とも言うし▼26日に開催された、世界平和の鐘設置30周年記念事業「ピースベルアイランド・イシガキ2018」の第2回実行委員会(会長・中山義隆石垣市長、委員65人)でのこと▼すべての議案を原案通り承認して議事を終えた後の「その他」で、開催テーマの「石垣から世界へ、ワールドピー...
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今月30日は1978年に沖縄の交通方法が…

 今月30日は1978年に沖縄の交通方法が「車は右から左」に変更になった通称730(ナナサンマル)だ。1972年の本土復帰でドルから円への切り替え同様「アメリカ世(ユー)から大和世(ヤマトユー)」に「世替わり」の象徴だ▼石垣市では港と中心市街地を結ぶ要衝が「730交差点」と命名され、一角に記念碑も建立された。あれから40年。今では同交差点は八重山の街の変化、世替わりを映す“鏡”になった▼初めて同...
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人生で一度は登ってみたいと思っていた標高3776㍍…

 人生で一度は登ってみたいと思っていた標高3776㍍、日本最高峰「富士山」に去る14日、15日、同級生6人と、その息子1人を含む7人で登頂に挑んだ▼大手バスツアーに参加し、5合目から途中、8合目の山小屋での約5時間の休息と、登山路での小休止を挟み、合計11時間の登山。防寒具や水、簡易食糧などを詰め込んだリュックを背負い、長い列を成してひたすら歩いた▼ハイキングコースのような序盤ののどかな登り出し...
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石垣島への陸自配備計画で既定路線だった…

 石垣島への陸自配備計画で既定路線だった中山義隆市長の正式な受け入れ表明のXデーは、あまりにも突然にやってきた▼賛否両論がある中、議論がしっかり尽くされた上での判断であったのか。記者会見で見せたように自分の好まぬ主張には「議論がかみ合わない」と切り捨てるなど、釈然としないものが残る▼問題が起きて以降、市民や県、国との対応を見る限りにおいて「国防は国の専権事項」を大義名分に「受け入れない」という論...
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長野県軽井沢を訪ねた。海抜千㍍、年平均

 長野県軽井沢を訪ねた。海抜千㍍、年平均気温7.8度。日本一の避暑地である。別荘群は木々の緑に包まれ木漏れ日のなかにあった▼もと旧中山道のひなびた宿場で冷涼乾燥の荒地。稲作ができずアワなど雑穀で糊口をしのぐ寒村だった。明治20年代、人の手と確固たる哲学によって形づくられた▼カナダ人宣教師が可能性に着目し別荘を建てたのが始まり。こぶしやシラカバ、カラマツなどを植林し、緑なす軽井沢の礎が築かれた。「...
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